2013年8月23日配信の「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」です。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol281.mp3
住吉:こんばんは。皆さんようこそいらっしゃいました。住吉美紀と申します。よろしくお願い致します。
(拍手)
住吉:今日はですね、宮崎駿監督最新作「風立ちぬ」の試写会です。もうこちらはお待ちかね、ずっと観たくて観たくて待っていたという方々がご応募していると思います。なんと五千通の応募をいただいている中からの皆さんですので。本当にラッキーです。あら?ザワザワしてる。凄いって感じしてきた?
ーナレーションー
7月11日、真っ青な空が眩しい夏日の夕方、汐留で番組初の試写会が行われました。
今週は映画「風立ちぬ」の試写会前に行われた、鈴木さんとフリーアナウンサーの住吉美紀さんのトークイベントの模様をお送りします。
住吉:二人とも今日は和装で。
鈴木:彼女が浴衣を着ていらっしゃるというのを、事前にききまして。僕も何とかしなきゃと思って(笑)これトトロがついてるやつなんですよ。
住吉:カワイイですよね。
鈴木:着てきました。
住吉:どうぞお掛けください。
鈴木:それもさることながら、ここって凄い懐かしい場所で。
住吉:ええ、ええ。
鈴木:どういうことかというと、かつて徳間書店っていうのがここにあったんですよ。
住吉:このビルだった?
鈴木:そう。それでこの場所で社員総会っていうのをやってましてね。
住吉:えー!(笑)
鈴木:その社員総会で僕みんなの前で社長のあとで色々喋んなきゃいけなくて。ここへ来て、よく喋ってたんで、いまちょっと懐かしいというのか(笑)
住吉:バリバリお仕事の場ですね。
鈴木:まぁそうなんですけど、こんな場所だったんですね。こんなって言っちゃいけないんだけど(笑)
住吉:今日は映画を待ちに待ったという皆さんが、お座り下さっておりますけれども。
鈴木:本当は僕らが引っ込んで、早く映画観たいですよね?(笑)
住吉:そんなことないって、首を振って下さってる。ありがとうございます。「風立ちぬ」ですけど製作に5年、、
鈴木:それはちょっと大袈裟なんですけど、宮崎駿が零戦の設計者堀越二郎の話を思いついて。それである模型雑誌に連載を始めようと思ったのが、5年前。
住吉:あ、そうなんですね?
鈴木:そうなんですよ。5年前こんなことがあったんですよ。僕の親しいテレビ局の映画のプロデューサーが人事異動で降格になって、それで映画を作っていくことが困難になったことがあって。それで宮さんがその人を慰めるために「零戦を作った人の映画でも作ったらどうだ!」って言い出したんですよ。元気づけるために。
住吉:うんうん。
鈴木:「そうですねぇ」ってその人が言ってたんだけど、その事がきっかけで自分が考え始めたんですよ。その話を。
住吉:ほお。それはその模型の雑誌とはまた別に?
鈴木:その結果が模型雑誌になるんだけど。
住吉:なるほど。
鈴木:で、連載をやるときに堀辰雄のことも出てきたりして。それである時から、漫画の連載を始まるんですよね。その人、実はその後復帰して、また映画を作る責任者になったから名前出してもいいかなと思うんですけど。その人のために考えた企画だったんですよ。
住吉:へえーー。
鈴木:零戦の映画でもやれば、お客さん来るんじゃないか、と。そんなことを宮さんが言い出して。それで自分が子供の頃から好きだった堀越二郎。その人の話をやろうってときに、一方で堀辰雄の小説。彼が50代くらいから読み始めて、「風立ちぬ」とか「菜穂子」とか。僕は横で見ながら「あんまり宮さんには似合わないな」っていう気もちょっとしてたんだけど(笑)美しい恋愛話なんでね。そうしたらある日、ハッと自分で僕に言ってきたのが、「堀越二郎の生きた時代と堀辰雄の生きた時代、同じなんだよ」って言い出して。
住吉:へえ。
鈴木:漫画を描くときに彼が言い出したのが「二人をごちゃまぜにしようかな」とか言ってね。それで漫画の方は登場人物がみんな豚なんですよね(笑)
住吉:そうなんですか?
鈴木:そうなんですよ。人間出てこないんですよ。この人たちが大真面目にドラマをやってくんです。もう一つ説明しなきゃいけないのは、宮さんは戦争っていうことに対して造詣が深い。僕はそのことを知っていまして。彼は昭和16年生まれで、彼いろんな本を読むんですけど、誇張をすると彼の読んできた本の半分が戦争関係なんですよ。
住吉:そうなんですか。
鈴木:4歳くらいで戦争が終わるんだけど、戦争のこと記憶に残ってる人なんですよ。それで何となく戦争のことが気になって、本を読む。と同時に、日本でも戦闘機色々あったでしょ?子供ながらに絵が上手かったから、それを絵にする。そういうことをやってるうちに、彼の中でそういうテーマ見つけたんでしょうね。日本だけでなく世界中の戦争を見ていったときに、ドイツとソ連の戦争、これ独ソ戦っていうんです。20世紀で色んな戦争があったけれど、この独ソ戦っていうのがたぶん一番悲惨な戦争。
住吉:ほおー。
鈴木:正確にはわからないんだけど、およそ2000万人の方が亡くなった。
住吉:2000万人。
鈴木:そうなんですよ。一番悲惨な戦争って言われてるんです。それが彼の一種ライフワーク。その独ソ戦関係の色んな本を集めて読むっていうのが彼の日課。
住吉:それは映画づくりの前にやられていた?
鈴木:前なんですよ。というのか、映画づくりが始まっても、自分が一人の個人として夜寝る前に読む本って、その独ソ戦の関連の本が多かったんですよ。戦争については彼はずっと考えているんだけど、彼は映画監督として映画を作るときは、ナウシカとかラピュタとかトトロとか、そういうものを作るべきであって、戦争関係のものは一切好きだということもおくびにも出さない。
住吉:ファンタジーの方にいくべきだと?
鈴木:両方好きだったんでしょうけどね。戦争関係の方は、全然世の中に出さなかったんですよ。ところが、その漫画が始まったでしょ?僕なんか横で見てて読み始めたら、ムチャクチャ面白いわけですよ。面白いから「次どうしようか?」って言われたときに「これやりましょうよ」って(笑)
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鈴木:企画決めるときって、大概数秒なんですよ。
住吉:ええ。ひらめく感じ?
鈴木:そう。例えば「ハウルの動く城」なんかも、トイレで二人で「鈴木さん、どうしよう?」っていうから「ハウルじゃないですか?」っていったら「やっぱりそうかな。じゃあそうする。」「じゃあ」って(笑)そこで決まりなんですよ。
住吉:(笑)
鈴木:大体こうやって決まってきたんですよ。今回ばかりは真面目な顔になっちゃって「鈴木さん、何考えてるんだ。あの漫画は趣味で描いてるんだ。その趣味を映画にするっていうのはあり得ない」って。そこで描くことは世間の人は知らないっていう自信があったんですよ。
ところが僕が横にいて、その雑誌毎月何となく見てて、戦闘機がどうしたとかドイツにこんな戦車があったとか、そんなことばっか描いてる本で。普通の人が読む本じゃないんですよね、その雑誌は。あんまり言っちゃうと申し訳ないんだけれども。関係者の方がいたらすいません!それからその雑誌のファンがいたらごめんなさい!(笑)でも本当に好きな人だけに呼んで下さいっていう雑誌だったんですよ。
住吉:なるほどね。でも映画は多くの方が観るものですもんね。
鈴木:そう。それは区分けしてやるべきだっていうのが、彼の考え。
住吉:今回は零戦とか設計者とか聞いてて、戦争映画なのかなって思ってたんですよ。事前に試写会で観させていただいたんですけど、印象は全然戦争映画ではなく。
鈴木:ないですね。
住吉:私が感じたのは、一篇の詩のような作品だって思いました。
鈴木:映画の方はそうなりましたね。やっぱり堀辰雄のおかげじゃないですかね(笑
)
住吉:文学の香りが。
鈴木:そう!(笑)
住吉:堀越二郎さんという実在の人物がモデルになってますけど、実在の人物を宮崎
さんがモデルにするっていうのは、これまた初めてのことですよね?
鈴木:全く初めてですよ。
住吉:そこにはファンタジーから、実在ですからより現実になっていくわけで。
鈴木:そういうわけで原作の堀越二郎は、豚の顔なんですよ(笑)ほんと。登場人物ほとんど豚なんですよ。菜穂子さんだけが何故か人間なんですけどね。そこらへんは上手く説明出来ないんだけど、彼の中で素直に人間にしたくないっていう気持ちがあったんでしょうね。
住吉:今回映画で人間にしなくてはいけないということで、ここはきっと宮崎さんの中ではハードルというか、、
鈴木:すごい大きなハードルだと思います。人間だとしたら、堀越二郎をどういう顔で描くか。これは悩んでましたよね。
住吉:はあー。
鈴木:大きくいうと二種類描くんです。彼は主役の顔を描くときって、男性のときは必ず二つ描くんです。
住吉:へー!全く違う感じの?
鈴木:違うんですよ。何が違うかというと、顔の形。
住吉:形?
鈴木:一つはポスターその他で皆さん見ていただいてわかるんですけれど、面長。もう一つは顔が横に長いんですよ。
住吉:へー!
鈴木:この二人のうちどっちにするかって悩むんですよ。
住吉:それはどういうことなんでしょうかね?
鈴木:それを二つ描いて、スタッフのところに行って一人ひとりに訊くんですよ。どっちがいいかって。必ずそうなんですよ。トトロのお父さんのときもそうですよ。同じことやってました。
住吉:そうなんですか!
鈴木:あれも結果細面になったんだけど、元は顔が横に長いんですよ。
住吉:はあー。
鈴木:それはわかりやすいんですよ。宮崎駿の顔を思い浮かべて下さい。
住吉:面長じゃない?
鈴木:違いますよ。何言ってるの!
住吉:え!ほんと!?
鈴木:あなたどうかしてる!(笑)顔が横に長いでしょ?
住吉:あ、そうかしら。お髭と白髪の素敵なイメージで。
鈴木:あれで横に長いのを誤魔化してるんですよ。
住吉:じゃあ私誤魔化されてたのかな(笑)そうか、自分に似せて横に長い顔をまず描くけれども。
鈴木:本心は皆に言ってほしいんですよ。横に長いのが良いって。
住吉:えー!
鈴木:誰も言ってくれないんですよね。これ。
住吉:じゃあ今回も縦のほうが良いということになってしまって。
鈴木:そういうとき見せてくれるんですよ。「鈴木さん、顔これで良いかな?」って。僕はそういうこと知ってるから、「まあ、主人公は顔が長い方が良いですよね」って(笑)
住吉:あとは私すごく気になってたことがございまして。昨年だと思うんですけど、いま高畑勲監督も秋公開の「かぐや姫の物語」を作ってらっしゃるということなんですけど、そのお二人が同時に製作をするのって、かなり久しぶりで中央線を挟んで、ものすごいライバル意識が飛び交っていて、鈴木さんはその両方をケアするのに大変ということをおっしゃっていたんですが、当時。
鈴木:ああ、言ったかもしれないですね。
住吉:その後、お二人のライバル意識みたいなのは製作が進むうちにどうなっているのかという。
鈴木:あのね、途中で事件が起きたんですよ。
住吉:えっ!
鈴木:「かぐや姫の物語」は公開を延ばしたんですよ。「かぐや姫の物語」と「風立ちぬ」って、7月20日に同時公開の予定だったんですよ。
住吉:同じ日の予定だったんですね。
鈴木:そうなんですよ。中々、高畑さんが作ってくれないんで(笑)ちょっと延ばしたんですよね。本当に申し訳ないですけど。本当は同じ日にやれば、宣伝も一回で終わるでしょ?
住吉:たしかに(笑)今日まとめて二本試写です!みたいな。
鈴木:お金かかんなくて良いんですよ。
住吉:(笑)
鈴木:僕お金をちゃんと見ないといけない立場なんで。
住吉:プロデューサーですもんね。
鈴木:だから二本同時でやれば、随分節約出来ると思ったんですよ。ところが、全然言うこと聞いてくれなくて。だって、僕が高畑さんに「かぐや姫を作って下さい」って話したのは、2005年なんですよ。
住吉:えー!?8年前?
鈴木:そうなんですよ。僕は本当はもっと早く作ってほしかった。それで「風立ちぬ」の前に公開の予定だったんですよ。
住吉:ええ、ええ。
鈴木:で、やってるうちに並んできたんですよ。両方が。それで同時公開にしよう、と思ってたら、かぐや姫が追い抜いちゃったんですよ(笑)
住吉:ウサギとカメみたいな。
鈴木:まぁまぁそうなんですけどね(笑)
住吉:宮崎さんは作る過程で高畑さんの存在っていうのを、今回の作品では何か意識したエピソードなどがあれば。
鈴木:いつも意識してますよね。
住吉:じゃあ関係なく、いつも意識されてる?
鈴木:二人の関係を話さないと、ピンとくるのが難しいんでしょうけど。宮崎駿がこの世界へ入ったとき、あらゆることを手ほどきし、教えてくれたのは高畑勲なんですよ。つまり、宮崎駿にとっては、高畑さんは師匠、先生。で、後に一緒に作品を作り始めるんですけど、それで仲間になっていくんですよ。だから、師匠であり先生であり仲間であり兄貴であり、そういう二人なんですよ。
住吉:ああ。
鈴木:で、その関係を50年やってるんですよ。わかりますか?50年。皆さんが産まれる前なんですよ。
住吉:まぁ色々ありますわね。
鈴木:そりゃあ色々あったんですよ。この場で言えないことが(笑)
住吉:今回、宮崎さんだけでなくスタッフの皆さんもかなり並々ならぬ意気込みで、この作品に臨んだと伺ったんですけれども。
鈴木:高畑さんっていうのは、業界では大変色んなスタッフの信頼が厚くて。実は日本中のこれっていう凄いアニメーターのほとんどが「かぐや姫の物語」に集まってるんですよ。
住吉:ええ。
鈴木:高畑さんって久しぶりに作るでしょ?みんな高畑さんのところでやりたい!って。その結果、「風立ちぬ」には誰も集まらないんですよ(笑)
住吉:あらあら。
鈴木:そういうことも起きちゃったんですよね。宮さんの作品は、ジブリの中のスタッフでやって、高畑さんの方は外注というのか外の人たち。上手い人たちがみんな集まってきたんですよ。一回は高畑さんの作品をやってみたい、という人が次から次へと集まって。人を集める人なんですよ。まさかこんな長くかかるとは思わなかったって、みんな言ってますよね(笑)
住吉:「風立ちぬ」の映像が、心に残るというシーンがたくさんあった気がしまして。
鈴木:どこか残りました?
住吉:例えば、緑の美しさとか、空の美しさとか、昔の日本ですから日本が大気汚染とかそういうことで失いつつあるもの。ああ良かったよなーって。
鈴木:さっきも彼女と話したんですけど、ロシアにレヴィタンっていう画家がいるんですよ。この人は風景画家で凄い良い絵をいっぱい描いてるんですよ。そこからちょっと参考にして(笑)
住吉:日本の空と思ったら、ロシアのエッセンスも。
鈴木:ロシアなんですよ。その人、雲が上手いんですよね。宮さんの毎日の日課って、ジブリの屋上に夕方になったら来るんですよ。何の為かっていったら、雲を観察に来るんです。
住吉:へえ!
鈴木:今日は良い雲だっていったら、色んなスタッフ呼ぶんですよ。毎日見てますね。
住吉:呼んで?
鈴木:呼んで観察させるんですよ。「どうだ。綺麗だろう!」「目に焼き付けろ!」って。それをやってますね。でもレヴィタンっていう人の絵、これは本当に機会があれば見てください。この人いっぱい絵を残したんだけど、ある時期のロシアって凄い良い絵がいっぱいあるんですよ。僕らもそういう絵を随分参考にするし。40歳で亡くなっちゃったんですよね、この方。
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鈴木:今回の企画って、宮さんは色んな人に言いまくったんですよ。「俺は本当はやりたくなかった。鈴木さんがうるさく言うから、仕方なくやってるんだ」と。スタッフにもそういう説明をしながら絵コンテ描いてたら、濃厚なラブシーンが出てくるんですよ。で、チュウをするんです。
住吉:それは思った。宮崎作品でチュウが出てきた!みたいに思ったんですけど。
鈴木:言わなきゃいいのに「これは鈴木さんが要求したから俺は描いたんだ」と。
住吉:要求されたんですか?
鈴木:僕そんなこと要求してないですよ!この企画をやれって言ったから、俺はやったんだ、と。だからこういうシーンも出さざるを得ない。あんまり素直な人じゃないんですよね。本当はやりたかったに決まってるんですよ。
住吉:(笑)そういう意味では子供の目線でお作りになってたのが多かった中で、今回は大人向けの作品ともいえるとも思いますが、このあたりは?
鈴木:出てくる登場人物が10代とかじゃないから。大人が出てるからそう見えるんでしょうけれど。ただ、これは高畑さんなんかも観て話したんですけど、主人公の二郎ってこうなって欲しいな、を実現した映画でしょ?
住吉:うん。
鈴木:そういうのって、ファンタジーなんじゃないかなって。だから宮さんという人は、元々ファンタジーが得意ですけど、大人ものを作るときもそのファンタジーの要素は忘れないというのか。
住吉:へえー。
鈴木:観る前に皆さんにこんなこと言っちゃあれなんだけど、この映画ってもし僕が中学生とか高校生だったら、ムチャクチャ感動するでしょうね。だってああいう大人になってみたいって、そういうこと思わせてくれるもん。
住吉:ときめくかもしれないですね。
鈴木:そう。
ーナレーションー
現在、大ヒット全国上映中の宮崎駿監督最新作「風立ちぬ」は、零戦の設計者堀越二郎と文学者堀辰雄、同時代に生きた実在の二人を融合させた青年技師二郎の半生を描き、そしてヒロイン菜穂子との切ない恋の物語です。
観るたびに、新たな発見がある、心に残る美しい作品です。
まだ観ていない人も、もう一度観たいと思っている人も劇場に足を運んでみませんか?
鈴木:「この映画を一言でいうと何ですか?」なんて質問されてんですよ。で、つい言っちゃったんですね。「宮崎駿の遺言です」って(笑)
住吉:遺言。
鈴木:そしたら宮さん怒ってましたけどね(笑)でももしかしたら、それに近いものがあるんじゃないですかね。それぐらい自分が言いたいこと、言い残したいことが全部詰まった映画です。