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はたけ の日記

ゆっくり生きよう。

僕には青春はなかったけれど。

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine  

 

【青春】

1:夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を、人生の春にたとえたもの。青年時代。

2:春。陽春。

(参照:goo辞書)

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「青春の1ページ」という言葉があるように、人生を一冊の本に例えることがある。今までの自分の人生にはあっただろうか、と思い過去のページを確認してみた。

 

が、なかった。

 

上記の意味における青春は、どのページにも記されていなかった。

それもそうで、高校までは友達はいたけれど、その時分にも何かに情熱を傾けて取り組んでいたことはなかったし、彼女もいなく、夢や希望も持っていなかった。高校のときの記憶といえば、弁当を早弁していたことと、昼休みにバスケをしていたことぐらいで、そこで華やかな出来事があったかといえば、何一つなかった。

 

大学のときはもっとひどかった。

大学に行っても授業には出ずに、図書館で本を読み、ブースで映画を観て、視聴覚室でPCをいじっている。僕の大学での行動パターンは、この3つしかなかった。社会との唯一の接点がバイトだけで、その他はほとんど家族以外の人と関わることはなかった。

 

何故そんなことになったかは、今でもうまく説明できないけれど、

ひとつ理由としてあるのが、大学生がもってる独特のテンションの高さにあったように思う。それを大学で初めて経験して、それについていくことが出来なかったがために、一人でいなければならなくなったのかもしれない。

 

まあ、そんな人生なので、青春を経験しようにも出来ないのである。

そんな人間に、青春の一冊があるわけがないのだけれど、そんな青春を経験していない人間だからこその一冊というものもある。

 

しあわせは子猫のかたち (角川つばさ文庫)

しあわせは子猫のかたち (角川つばさ文庫)

 

 

大学生の時に読んだのだけれど、当時、友達がいなかったので、誰とも話せずに話したいことも話せない環境の中にいた。その当時だからこそ、この作品が自分にはとても輝いてみえたのかもしれない。

 

どういうことかというと、この物語の主人公が昔を回想するシーンがある。

時期でいうと、幼稚園か小学校低学年ぐらいだったと思う。親戚一同が集まっているところで、ある叔母さんがいて、自分の兄弟はその叔母さんと仲良く話せている。他の人も話せている。それがすごく楽しそうなのだけれど、自分だけが何故か上手く話せない、というシーンがある。そこで主人公の少年が苦しむ姿というのが、当時の自分の立場と合致したのだと思う。そのシーンを読んでる時に涙が止まらなくなって、「自分と同じことを考えてる人がいた」という感覚になったのが、今でも色濃く残っている。

 

僕には青春といえる出来事はなかった。

その原因といえる人と上手く話せない、という欠点を文章にしてくれた「しあわせは子猫のかたち」は、そんな自分を認めてくれる大切な本となった。