はたけ のブログ

ラジオの文字起こしをしてます。現在は「高城未来ラジオ」と「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」をやっています。文字起こし専門のブログにしました。

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:「ポニョはこうして生まれた」でも語られなかった制作の裏側。

ラジオ音源です

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol44.mp3

 

2008年8月05日放送「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」にて、スタジオジブリ制作「崖の上のポニョ」の制作を、絵コンテ段階から追ったドキュメンタリー作品「ポニョはこうして生まれた」のNHKの荒川格ディレクターと、鈴木さんのアシスタントの伊平容子さんが出演されています。

 

この回は、荒川さんがこの作品を撮るきっかけになった経緯やDVDでは収めきれなかった宮崎駿さんの話など、興味深い内容となっています。その中の一部を抜粋して掲載したいと思います。

荒川格:3年前ですよね?もう。こういう番組があるんでお願いしますっていったら、「そんな話いいから、とりあえず飯食いに行こうよ」って言われて。こんな思いがあってやりたいんです、とか言ってたはずなんですけど、鈴木さんが「じゃあ明日から来なよ」って言って。

鈴木敏夫:2005年の12月から2008年の6月くらいまで、毎日通ってましたよね。

(中略)

荒川格:宮崎さんの方に通うようになったんですね、あの頃。そうしたら宮崎さんが突然「海が盛り上がるってどういうことだと思う?」って言われたのを僕覚えてるんです。

鈴木敏夫:それがいつ?

荒川格:2006年の1月です。それどういうことかわかんなかったんですけど、ポニョの大津波のことだと思うんですけど、「海面が盛り上がるってどういうことだと思う?」って聞かれて「いやーどうなんですかねー」って(笑)

鈴木敏夫:長野生まれだし。

荒川格:でもあの時言われて、宮崎さん本当新作考えてるんだって知ったのがあの時。その直後くらいに鈴木さんから「じゃあ次宮さんやってみたら?」って言われたんですよね。あの時の素材は今回にも重要なシーンで使っていて、あそこスタートシーンになってるんです。

鈴木敏夫:宮崎作品のメイキングっていう形は色々あって、もののけ姫はこうして生まれたなんて6時間40分のやつもあったんだけど、いずれも制作が始まった途中からロケをしていると。実はこのポニョに関しては現在準備段階なんだ、と。その準備段階に宮崎駿は何をやるのか。これは面白いでしょう、と。

荒川格:もっと一緒にいたいなっていうのが凄くあったんですよね。側にいたらもっと面白いことがあるんじゃないかっていう。

(中略)

鈴木敏夫:なんか取材者と取材される側なんていう関係は、超えちゃったわけですよね。それどころか一緒にご飯食べたり、ほとんど同じ空気を吸って同じ時間を過ごしたわけで。一個ね、彼の名誉のために言うと、彼はその準備期間中大変なことをやってくれたんですよ。実は宮さんは普段1人でものを考えなきゃいけないでしょ?創作っていうのは孤独な作業なんですけど、その孤独な作業をカメラに収めるっていうのがテーマなんで、収めると同時に宮さんと対話をするっていうのが出てきて、結果としては何が起きたのか。演出助手をそこでやっちゃったんですよね。だよね?

荒川格:いやー自分ではよくわかんないですけど。

鈴木敏夫:宮さんが毎日過ごしていく中で、毎日のように色んなこと思いつくでしょ?思いついたことを話す相手って言ったら荒川くんだったわけですよ。彼が面白そうなときは面白い顔、つまんないときはつまんない顔。荒川くんって素直なところがあって、これ大変な才能なんですよ。そうすると宮さんに大変な影響を与えたんですよ、それ。

荒川格:どうなんですかねー。

鈴木敏夫:僕もね宮崎駿っていう人と付き合って約30年。ある時期はそれをダイレクトにやってたわけですよ。ところが色々やっていくうちにお互い裏も表も知り尽くして、改めてそれをやるって非常に照れ臭い関係になってるんで、僕としてはですね荒川くんが現れたとき、これ飛んで火に入る夏の虫だったわけですよ(笑)だから改めて普段こういうこと荒川くんには言わなかったけど、今日改めて感謝します。

荒川格:いやー鈴木さん、照れ臭いっすよ。そんなこと言われるともう。でもポニョ来る、の描くシーンとか凄く印象的ですよね。

鈴木敏夫:あれは印象的だよねー。

荒川格:宮崎さんだいたい8時に帰れって言うじゃないですか。8時になったら荒川くんは新妻の元に帰れっていう風に言って、あとは1人でやりたいって人だったけど、あのシーン描くときは何か帰さなかったんですよね。早く帰れ帰れっていう割にはなんだかんだ色々話が続いてたりとかして、気づいてたら10時ぐらいになっててあの時。でも1回目の取材の終わりに、瀬戸内で宮崎さんドンドン集中していく中で、僕がずーっとい続けるっていうのが宮崎さんにとっても負担になっていて、、

鈴木敏夫:準備期間中に荒川くんが側にいてくれて、充分な役割を果たしてくれた。そしたらもういらなくなったんですよね(笑)

荒川格:人間関係は使い尽くすものだって言いましたからね、堂々と。それでそれはまた回復するんだって。

鈴木敏夫:だからもうお前終わったから来るなよって言われるのよ(笑)

荒川格:あの後に凄くガビーンときてて、終わったなって思ってたら、白木さん(鈴木さんのアシスタント)から宮崎さんこういうこと言ってましたよって。「1度怒られたぐらいで荒川くんはカメラ持ってこなくなった。取材者であったら怒られたぐらいで引き下がるんじゃなくて、一度怒られたらもう30cm前へ出るぐらいの覚悟でやらなきゃダメだ。そうじゃないとあいつはこの世界で生きていけない」と。もっと長かったですけど、思い出すのそれですけど、そういう風に言ってもらえてたっていうのを聞いて、最後までちゃんと撮り切りたいなっていうのが、あのロケの後ずっとあったんですよね。

伊平容子:それ鈴木さんがフォローされたんですよ。あー見えても荒川くんは心が傷ついてるんだだって。

鈴木敏夫:俺そんなこと言ったっけ?

伊平容子:ええ。フォローしてましたよ。

荒川格:ああ、鈴木さんわかっててくれてて良かった。

鈴木敏夫:(笑)

荒川格:ほんと宮崎さんの取材つらいですよね。去年の秋のときですよね。宮崎さんが絵コンテ全然描けなくなって、あの世っていうものが絵コンテにどんどん出てくるようになってきて、ポニョと宗介が旅していく先があの世だっていう、あの世のイメージがだんだん色濃くなっていくっていう時期があったんですけど、宮崎さんもそういう発言が多くなっていって、そうそう!宮崎さんそういう時期に凄い混乱していったんですよ。鈴木さんがいつもの雪駄の音させて来てなんか雑談して帰っていって、そしたら宮崎さんが「荒川、いま鈴木さんから黒い粉が落ちてたの見えたか?」って。「えっ黒い粉ですか?」って言ったら「黒い粉が降ってただろ?」って言われて。

鈴木敏夫:これね一般の人にわかりにくいかもしれないけど、やっぱり創作で本当に困り果てたとき、一種精神状態がおかしくなるんですよ。そうするとあらぬ言動が出る。それを具体化しようとする人だから、それで僕に対して体から黒い粉が出てると。それをスタッフの一人一人に確かめ始めるんですよ。

荒川格:あのときにジンマシンが出たんですよね。両手がバーっと赤くなってくるっていうか、立っててもフラフラしたし。

鈴木敏夫:そこの悩みが深ければ深いほど面白いものになる。そういう状態に付き合っちゃったっていうことだよね?だと僕は思いますけどね。

荒川格:本当の取材者ならばそういうところも撮るべきだと思うんですよ。黒い粉見えたか?っていうところもまざまざ撮っちゃうっていう。でも僕それ出来なくて、黒いこ、って言った時点でテープ止めてるみたいな。これヤバイって(笑)ああいうところは自分で未熟だったなって、凄くいま思えば。

(中略)

荒川格:恥ずかしいものはつくりたくないっていうことをよく仰る方だったですよね。自分は自意識が凄く強い人間だっていう風に仰っていて、自分が人を喜ばせなければ存在する意味がないっていうことをチラッと仰っていたことがあって、そういう風に思わせるものってどこにあったのかなーっていうのを聞いていったときに、幼少期のことらしくって。

鈴木敏夫:それを色々中身聞いていって、感心したことが1点。これ誰もやったことがないことを荒川くんはやったんですよ。宮さんの若き日のお母さんの写真を手に入れた。これはビックリしましたね。あの1枚の写真は全て語りますね。