はたけ のブログ

「高城未来ラジオ」と「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」のラジオ文字起こしをやっています。

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:アリエッテイ制作時の宮崎駿の隠れた思い。

ラジオ音源です

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol150.mp3

 

2010年8月10日放送の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」の中で、「借りぐらしのアリエッティ」の監督・米林宏昌さんの制作時の裏の顔や宮崎駿さんの様子が語られています。出演はNHKのプロデューサーで「宮崎駿と新人監督 葛藤の400日」の撮影をしていた細田直樹さん、鈴木さんのアシスタントの伊平容子さんです。

 鈍さ・不器用さの大切さ

鈴木敏夫:麻呂の故郷行ったんですよ。キャンペーンで。金沢の野々市町。そこで今まで知らなかったことがひとつわかったんですよ。彼は高校時代理数系にいたんですよね。

細田直樹:県下有数の進学校の理数系に。

鈴木敏夫:ねぇ。絵描くのと違うんだよね。あいつにそんな面があったとはと思って。それで全然違う美術学校に行っちゃうんだもんね。珍しいよね?本当はそっちの方で身を立てようと思ってたわけでしょ?で、趣味として絵を描いていた。それが逆転するんだもんね。

細田直樹:アニメーションの専門じゃないんですよ。最初広告デザインとかプロダクトデザインとか、そういうところに進まれたんで。

鈴木敏夫:麻呂とは友達になったの?

細田直樹:友達?友達ではないですね。立場が似てる部分があるので、どっちかというと今の僕は一本映画を作り終えた麻呂さんは先輩だという認識が強いですね。年齢はお兄さんなんですけど、先輩だという意識は最初なかったんですけど、いまの気持ちでいうと先輩ですね。

鈴木敏夫:影響受けたってことですよね?

細田直樹:それはかなりありますね。ここで認めちゃうのは寂しい思いもしますけど、麻呂さんの方が僕よりも太くて折れない芯を持ってますね。追いつけるかわからないですけど、今の時点では麻呂さんの方がはるかに太い芯を持ってると思います。

鈴木敏夫:大丈夫だよ。君も太そうだから。

細田直樹:鈍いと太いは違うと思うんですよ。たぶん。

鈴木敏夫:(笑)でも鈍さって大事なんだよ。わかりますか?鋭敏だとね、小器用なものしか作らないのよ。鈍くないと太いものって作れないんですよ。

伊平容子:鈴木さん、細田さんの不器用さがいいって言ってましたよね?

鈴木敏夫:そうそうそう。

細田直樹:褒められてないですよね(笑)

鈴木敏夫:違うよー。世に何かを作る人の条件って1個しかないんですよ。不器用。器用な人には何も作れない。ものを生み出すのは不器用だから。器用ってどういうことかっていったら、俯瞰してものを見ちゃうのよ。地べたから見ないと。そうすると人の心を打つものを作れるでしょ?だから大事な資質なんですよ。君鈍いって言葉使ったけど、鈍さって大事だよね。感受性が良すぎるとロクでもないところで感受性使っちゃうんですよ。

 

心配性の宮崎駿

鈴木敏夫:アリエッテイを作ってる同じフロアに宮崎駿もいたじゃない?

細田直樹:はい。

鈴木敏夫宮崎駿が麻呂を接触を持つというところも、やっぱり取材者としては興味があったわけでしょ?

細田直樹:そうですね。

鈴木敏夫:それは撮ってますか?

細田直樹:はい。接触がある時もない時も撮ってます。接触がないということも撮ってます。

鈴木敏夫:それどういう意味?接触がないっていうのは。

細田直樹:2人の間に接触はありません、っていうことを証明する映像も撮ってるっていう意味です。つまり距離を記録してるってことです。

鈴木敏夫:物理的な距離?

細田直樹:物理的な距離を通して心情的な距離を描いてるってことです。

鈴木敏夫:それも番組の中に出てくるの?

細田直樹:それが幹ですね。

鈴木敏夫:それが幹になってるんだ?

細田直樹:タイトルからもご推測頂けると思いますが、それが幹だと思います。「宮崎駿と新人監督 葛藤の400日」ですから。

鈴木敏夫:何しろシナリオが宮崎駿が書いた。そして美術設定も書きました。あとはアニメーションの場合、絵コンテを描くっていうのが一番大事な作業。これは映画のすべてを決める。それ以降それに基づいて絵を描く。そしてラッシュっていう形で繋がった部分を見てくっていうのがあるんだけど、スタジオの中で宮崎駿だけがその絵コンテを見ず、ラッシュも見なかった。こういう状況だったわけでしょ?

細田直樹:絵コンテ描くまでは、毎日のようにイメージボードだったり脚本だったりやってたので、プチンと絵コンテから切れてるっていう風に、、

鈴木敏夫:じゃあ番組の中で宮崎駿は何回も出てくるんだ?

細田直樹:はい。言いたいんだけど言えない、言えないんだけど言いたい、言ったほうがいいのか言わないほうがいいのか。

鈴木敏夫:それは逡巡ってことですか?宮崎駿の。

細田直樹:そうですね。

鈴木敏夫:俺は麻呂を見ててね、最初のうちこそ宮さんが同じフロアにやってきて仕事をやる。美術館の短編を作るためだったんだけど、その時は少し意識してたよね。というのは麻呂は「宮崎さん、いつまであそこにいるんですかね?」って意識してたからね。ところがしばらくするうちにそんなこと吹っ飛んだよね。宮さんのことなんかまるで眼中になく、とにかく目の前のやらなきゃいけないことをリストとして上げて、それを一個一個こなしていく。むしろ相手のことを気にしてたのは宮さんの方だったから。心配で心配でしょうがない。自分の仕事にも手がつかず。自分の席から麻呂のことが見えるところに自分の机と腰掛けを置いて、最初のうちとにかく麻呂のことばっか見てたよね。で、実際麻呂に近づこうとしてUターンして帰っていくとかね(笑)色々あったでしょ?

細田直樹:それも記録されてます。

鈴木敏夫:記録されてるんだ?それ番組に出てくるの?

細田直樹:はい。

鈴木敏夫:何回もあったよね。だから嬉しいも悲しいもないですよ。心配してるんですよ。父親ですよね。で、そうこうするうちに見てて面白かったのは、宮さんが近づいても麻呂が全くその存在を意識してなかった。むしろ落ち着かなかったのは終始宮崎駿。この関係は面白かったね。

 

 米林宏昌監督の完成のときに見せたふとした顔

鈴木敏夫:そういう中で映画が完成に近づいてくじゃない?完成に近づいた時、本当に久しぶりに麻呂が俺にね、始まった頃の表情垣間見せてくれたんですよ。最初は麻呂人懐っこい奴で優しい顔なんだけど、監督作業が忙しくなるプロセスで段々顔が厳しくなってたじゃない?ところが最後の最後になって、いよいも宮さんに見せなきゃいけない。そうしたら昔の顔に戻ったんですよ、一瞬。「宮崎さんに見せなきゃいけないんですよね」って(笑)

細田直樹:それもあります。

鈴木敏夫:大きくいうとこういう流れでしょ?それが丸ごと出てる番組なんですね?

細田直樹:麻呂さんの表情の変化っていうのが、僕たち映像記録ならではの表現だと思うんで。

鈴木敏夫:経年変化がわかるわけね?

細田直樹:一番それが見てる方に伝わると思いますね。麻呂さんの顔ですね。

鈴木敏夫:それは見たいねー。

 

完成した作品を観た宮崎駿の反応は?

鈴木敏夫:で、いよいよ本番。宮さん何言い出すかわからないから。悪けりゃ怒るでしょ?でも良くても怒るんですよ。それが作り手ってものだから。

細田直樹:12月に取材を始めたときには、親の気分だとおっしゃいましたけど、それ以外に同じクリエーターとしてのジェラシーとかそういったものも表に出るんじゃないかっていう想定はかなりあったんですよ。それも出さないように葛藤されてたっていうのもあると思いますき、見ないよって言い張ってるのは親心としてだけでない部分もあるんじゃないかって。それは何度もインタビューの場で「そんなこと興味がない!」って言ってるのに、本当ですか本当ですかって禅問答のように言って怒られてしまいましたけど。

鈴木敏夫:初号をスタッフで見るっていうときは、映画終わった瞬間まだ場内が明るくならないうちからスタッフって拍手をするっていうのが恒例なんです。ところが当日、その拍手が遅れたんですよね。なんでかっていったら当たり前、全スタッフが宮崎駿がどう見たか、それが気になってしょうがなかったんですよ。これで宮さんがやおら立ち上がって彼の手挙げたりして、それでよくやったって言うんだけど。それでみんなが安心して拍手をする。しかもその拍手はいつもよりながいんですよ。取材者としての細田くんは何を思ったのか。

細田直樹:麻呂さんの側に一瞬立って良かったと思いましたけど、ふとこれは100%本心なのか、立場とか存在としての役割を意識がおありがあっての行動なのかっていうことは思いましたし、今もそれは本人のみぞ知る、藪の中です。

鈴木敏夫:でも終わったあとね控え室に入ったでしょ?あの時の宮さんはどう感じた?

細田直樹:あの宮崎さんを見ると、パフォーマンスじゃないっていうか、、

鈴木敏夫:興奮なんですよ。何しろ本人は麻呂が来た瞬間「俺泣いちゃったよ」って言ったんです。あれは何ですか?

細田直樹:これまた難しいんです。泣いちゃったよの意味は。

鈴木敏夫:あれは芝居じゃ出来ないでしょ?その一連を見てどう見るか。

細田直樹:そうだなー、、

鈴木敏夫:これ大事なのよ。取材者の細田くんはその時どう思ったか。泣いちゃったところは捉えたんですか?

細田直樹:はい。

鈴木敏夫:映像で出てくるんですね?

細田直樹:はい。

鈴木敏夫:それキャッチコピーはひとつだけなんです。「あの宮崎駿が泣いた」。それ芝居ですか?

細田直樹:それは芝居だとは思ってないです。控え室の最初は鈴木さんがおっしゃるように純粋にいち見た人として興奮しておられるものがあったと思うんですけど、関係者試写会の次の日にジブリにお邪魔して鈴木さんにインタビューをさせていただいてるんです。その時に僕はあえて宮崎さんの意味は何だと思いますか?って鈴木さんに聞いたんです。そうしたら鈴木さんは、純粋に作品に対しての涙であり反応であると。僕の仕事の習性上その分もあるけど、はてそれだけじゃないだろって風に思って色々ぶつけるんだけど、そんなことはないと。そんな風に邪推で涙の意味を色々とこちらの面白おかしいように付け加えるってことには充分注意した方がいいと、鈴木さんに諭されたわけです。でも、僕は関係者試写の瞬間だけ見てたわけでなく、そこに至るまでの麻呂さんの悩んだこととか挑んでいたこと、それを覗かないようにして見てるんですって宮崎さんの言い方があるんですけど、お気持ちの変化とか悩みとかも僕なりに見させていただいたつもりなので、無理に頭でこじつけなくてもそれを映像上並べてたりすると、涙の意味をこんな涙ですと定義してませんけど、涙の意味っていうのはいろんな意味があるように見えるし、見た方によって感じ方が違うんじゃないかなと思うんです。あの涙はこれですって僕は言えないし言いたくないと思ってます。