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はたけ の日記

ゆっくり生きよう。

「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」




自分の守護霊と対話できる、というお方の著書である。

守護霊、というとあまりに胡散臭いというイメージがあるのであるが、
この雲黒斎さん。もともと、宗教や精神世界に対する偏見が人並み以上にあったらしいのである。
そんな自分が守護霊と会話するとは
「胡散臭い!」
ということで名前が「雲黒斎」となったらしいのである。

吾輩、この著書を抵抗なく読めることができる。
何ゆえにすんなり読めるのであろう、と思っているのであるが、
面白いハナシがあるので、メモしておくとする。

ちなみに

雲さん→守護霊
黒斎 →著者 

である。

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雲さん:「人が生まれ、なぜ死ぬのか」といった疑問の持ち方そのものがおかしい。もともと「おまえという命が生まれた」ことなんてなかったのだから、死もありえない。最初からないものは喪失しようがない。前提が間違っているから、質問が質問として成り立っていないんだよ。

黒斎:「僕が生まれていない?だとしたら、僕がいまこうして生きていることをどう説明するんですか」

雲さん:「生きている」ということと、「生まれる(誕生する)」ということはイコールでは結べない。「生きている」という現在進行形は事実だが、「(個別の命として)生まれたことがある」という概念は、ただの思い込み・空想の産物でしかないんだ。よく考えてみてごらん。おまえはもとより、誰一人として「生命の誕生」を目撃した人間などいないよ。

黒斎:「そんなバカな!」

雲さん:バカなもんか。では逆に聞こうじゃないか。「生命の誕生」は歴史上、いつ、どこで発見されたのかね。

黒斎:「はぁ?そんなの、いつでのどこでも、いくらでも見られるでしょうよ。産婦人科に行ったって、どこかの馬小屋でだって、ウミガメが産卵したあとの砂浜でだって、新しい命の誕生は世界中の至るところで日常的に目撃することができるでしょ」

雲さん:「いや、違うな。いまおまえが見られるといったのは「出産」や「孵化」といった現象についてのことだろ。そうではなくて、私が示してみろといったのは《生命の誕生》のことだよ。じゃあ、質問のしかたを変えてみようか。おまえが「(個別の命として)生まれたことがある」というのなら、それはいったいいつのことだい?」

黒斎:「そりゃぁ、昭和48年の4月・・・・」

雲さん:ちょっと待った「!いまおまえが話そうとしているそれは「生命の誕生」じゃなくて「誕生日」のことだろ。おまえが母親「の腹から取り上げられたときの話だ。じゃあ何か、子が母の腹から取り出された瞬間に、新しい命ってのが誕生するのか?」

黒斎:「あ、いや、たしかに、それは違うね・・・・」

雲さん:そうだろう?出産の前から胎児は母親の腹の中で生きてるもんな。母の自覚とは無関係に、内側からおなかを蹴ったりしてるワケだから。それに産婦人科の先生だって「出産」が「新しい生命の誕生」でないことは重々承知のはずだよ。出産に立ち会う前から、エコーでお母さんのおなかを見て、「お子さん、おなかの中でスクスク育ってますよ〜」とか言ってるものな。ということは、そこですでに命の存在が認められるということだ。

黒斎:「うん、言われてみればたしかにそうだよね。だとしたら・・・・。新しい命はどこで吹き込まれるんだろう。受精卵が子宮に着床した瞬間?それとも受精時だろうか・・・・」

雲さん:だから何度も言ってるだろう。そもそも「新しい命が吹き込まれる」なんてことがないんだよ。どこを探したって見つかりはしないさ。それは何も「魂や霊は物質じゃないから、肉眼でとらえることはできない」とかいう話じゃない。そういうことではなく、客観的な事実として「新しい命が生まれる」ということも「肉体に命が吹き込まれる」ということもありえないってことなんだ。
 考えてごらんよ。もし「新しい命がどこかで吹き込まれることがある」とするならば「命を吹き込まる以前の、命をもたない何か」があったことになる。つまり「命が入るための器」だね。多くの人間は、肉体のことをその器だと考えているようだが、これが大間違いだ。

黒斎:「大間違い?」

雲さん:だってそうだろう。「命が入る器(その時点で命をもっていない何か)」があるとするなら、それはつまり「生きていない何か」ということになる。が、しかし、おまえがこうしてここに存在するにあたり、どこかの時点で「生きていない何か」であったことがあるだろうか。

黒斎:「え?」

雲さん:受精卵が子宮に着床する以前、その受精卵は「生きていない何か」だったろうか。いや、そんなはずがない。すでに「生きている」。現にその胚は、着床する前から細胞分裂を繰り返して子宮へ向かう。では、精子卵子が結合する以前、それらは「生きていない何か」だったろうか。これも違う。精子だって卵子だって、ちゃんと生命体として活動しているだろう?さらにさかのぼって、生死を生成したおまえの父、卵子を生成したおまえの母が「生きていない何か」だったなんてことがあるだろうか!」