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ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」「未来授業」の文字起こしをやっています。「未来授業」は2020年4月分からです。文字起こししてほしいものがあれば、ツイッターのDMに連絡下さい→https://twitter.com/hatake4633

未来授業:黒川伊保子 第三回「子供のトリセツ」

2020年1月1日配信の「未来授業」です。

子どものトリセツ | 未来授業 | これからの時代を生き抜くヒントを学ぶ特別授業

 

ーナレーションー

 

今週の講師は、人工知能研究者の黒川伊保子さん。

 

長い間、人工知能の研究に携わってきた黒川伊保子さんの著書が『妻のトリセツ』と『夫のトリセツ』。

 

「わかってくれない」のではなく、どこまでいっても「わかりあえない」男と女。共感してほしい女性に対して、問題を解決したい男性。

 

男女の脳の違いを踏まえて、「妻」と「夫」それぞれの取り扱いを解説した本は、いま大きな反響を読んでいます。

 

家族と過ごす時間も長くなる年末年始。

 

今週は、黒川伊保子さんに「家族のトリセツ」を学んでいます。

 

未来授業三時間目、テーマは「子供のトリセツ」。

 

 

黒川:子育てのときに何か出来ることはあるかってことなんですけど、共感型の対話っていうのは母親もマスターしないと男の子はマスター出来ないんですよ。

 

何でもない共感型の対話って、男同士では問題解決型の対話になるので、母親から教わるっていうのが一番自然なんですね。

 

ところが、日本のお母さんたち真面目過ぎて、子供に問題解決型の対話をしていくんですよ。

 

例えば、「宿題やったの?」「学校どうなの?」これ、家に帰ってきた夫が「飯は出来てるのか?」「今日何してた?」って訊くのと全く一緒なんですよ。

 

共感型の対話っていうのは、いきなり相手に問題のテーマを突きつけるのではなく、自分に起こった何でもない話、「話の呼び水」って私は呼んでるんですけど、話の呼び水から始める。

 

例えば、「今日さ昼、麻婆定食食べたら、これが辛くてさー」みたいな話です。そうしたら受け側が「あら。私もカレー食べたの。辛い繋がりね」って話が弾んだり、「今日、お昼食べる暇なかったわ!」っていったら「へーどうしたの?」って訊いてあげたり。

 

話の呼び水から始まるっていうのが、共感型の対話の特徴なんだけど、「母さん、今日会社でこういうことがあったんだけどさ、ちょっと落ち込んでるの」って、保育園の男の子にだって言ったら「僕が抱きしめてあげようか?」ってウチの息子は言ってくれたりしましたよね。

 

ちょっとしたことでやりとりがあって、こういうことを膨らましていくと、将来息子がお嫁さんに共感型の会話が自然に出来るようになりますよ。これはウチで証明しています。

 

なので是非、家庭の中で共感型の会話を、お母さんが心がけてやってほしいと思います。

 

ーナレーションー

 

子供にとっては絶対的ともいえる大きな存在が、お母さんです。

 

日本における母と子の絆は、世界の中でも特に強い、と黒川さんは話します。

 

黒川:おそらく、日本語の使い手である私たちは、母子の一体感が、例えば英語になんかに比べると強いような気がします。

 

なぜならば、日本語って子供に対して話しかけるときに、私があなたにあげるね、って言わないんですね。

 

「プリン食べようね」って子供にいう。「私があなたにプリンをあげるね」って言わないでしょ?主語とか述語とか目的語とか曖昧に出来る言語なので、日常生活の中でまるで自分の体の一部のようにして話しかける。

 

なので、たぶん英語を使う人たちよりももっと密着に子供にレンジがあっていることも、もしかすると、他の言語の使い手よりも強く働く傾向はありますね。

 

子供が最初に発音できる子音って、M、Oなんですよ。

 

おっぱいを口にくわえた口腔系なんですよ。「ま」ですよね。これを「ママ」に与えるわけでしょ?ヨーロッパ系の言語は全てこのM、Oの二つですよね。

 

さらにスワヒリ語も「ママ」、中国語も幼児語は「マーマ」ですよね。韓国語も「オンマ」っていって「マ」を使います。

 

実はママを使わないのは、日本だけなんですよ。私が調べたところによる代表的な言語の中では。

 

日本語はなぜ「ママ」を使わないのかって考えたことがあって、日本語の場合は、ご飯に「マンマ」ですよね。「マンマあげようね」ってお母さんが言って、ご飯にマンマを与えてるんですけど、おそらく日本の子供たちは、お母さんと自分が別物だって認知するときに、他の言語よりに比べて遅れてるんじゃなかなって思うんですよ。

 

他の言語は、「私があなたにこれをあげる」「私はこれからこうするわね」ってお母さんが話をするから、私と赤ちゃんがいる、お母さんと赤ちゃんがいる、っていう関係になるから、一番最初に口に出す「マ」っていう音はお母さんに与えるけど、お母さんを呼ぶ必要がないんですよ、日本は。たぶん。

 

あらゆることにお母さんが気づいてくれるから、「ママ!」って呼ばなくてもいい。でもお腹が空いたことを知らせることに「マンマ」を与えるではないか、と私は思って。

 

もしかすると、他の言語よりも、お母さんと子供が密着していて、一体感がいつまでも続くからこそ、「ママ」をお母さんではなくご飯に与えたんだな、って思いました。