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ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」「未来授業」の文字起こしをやっています。「未来授業」は2020年4月分からです。文字起こししてほしいものがあれば、ツイッターのDMに連絡下さい→https://twitter.com/hatake4633

<未来授業>引地達也 第2回「発達障害を理解する」

 

ーナレーションー

今週の講師は、シャローム大学校学長、引地達也さんです。

 

引地さんは、新聞記者や海外留学を経て、福祉のスペシャリストに。障害がある人もない人も、ともに学び働くことが出来る社会の在り方を模索しています。

 

シャローム大学校では、特別支援学校を卒業した子どもたちに、学びとコミュニケーションを深める場を提供しています。

 

引地さんが最近注目しているのが、精神疾患のある人のケア、発達障害のある子どもたちです。

 

未来授業2時間目、テーマは「発達障害を理解する」。

 

引地社会福祉サービスで精神疾患というのが非常に現在多いですし、やはり鬱病が多いですし、この数年で多くなったのは、リワーク。リワークというのは求職している方がもう1回会社に戻るためにちょっと施設で訓練して、その後に会社に戻して下さいっていう会社側のオーダーですね。

 

本当に第一線で働いていた方が、急に風船が割れるような形で会社に出れなくなった。そこで病院に行って休んだ後は、こういう訓練施設を数ヶ月、もしくは半年通った後にまた会社に戻りましょう、という形ですね。そういうのが非常に多いです。

 

それと若い人で多いのが、発達障害ですね。発達障害ということで実際知的な障害がない人で、例えば、知能指数が非常に高いんだけども、行動障害を引き起こしてしまう。人の意見がすごい気になって、そこで噛みついてしまったり、自分の言っていることが通じなかったら、そこで自傷行為をしてしまったりですね。そういう行動障害を起こす発達障害の方がいま多くなって。

 

特支学校でも、実際知的障害じゃない発達障害の方が多くて、その方が18歳で就職っていうのは難しいので、ちょっとそちらでお世話になれないか、というような相談もあります。

 

ーナレーションー

発達障害とは、生まれつきの特性で病気ではありません。いくつかのタイプに分類されており、自閉症アスペルガー症候群、注意欠如、多動性障害、ADHD学習障害などが含まれます。個人差がとても大きいという点も、発達障害の大きな特徴です。

 

引地発達障害という概念はですね、子供の頃例えば、「この子発達障害かしら?」と、いわゆる就学前で心配されるお母さん方が多いんですけど、発達って人によって速度がありますから、今ここで判断しなくてもいい、ということもありますし、ただ私自身が実感しているのは、他と一緒じゃなきゃちょっと怖い、というかですね、同調圧力的な雰囲気の中でお母さん方も「ウチの子大丈夫かしら?」という心配が非常に多くて。結果的に発達障害の多くというのは、ちょっとここの部分が劣っているので、ウチの子は特別支援級に入れた方がいい、とかですね、そういう選択をしてしまっているケースが多いなと思うんですね。

 

僕も見ている発達障害の子の中では、おそらくアメリカは行ったら普通だろうな、という子だったり、少しアスペ傾向があったり、ちょっと物忘れが激しいとか、ADHDで集中したらそれ以外見えなくなるとか、色んな傾向があるんですけど、その子はその子の特性として受け入れれば、発達障害ってある程度社会が受け入れれば、この言葉自体はそんなに必要あるかなって僕は思ってるんですね。

 

支援する側とするならば、その子はその子の特性として、知的障害では例えば、IQが理解度という部分で、ある程度支援だったり、こちらの何か施し的なことが必要なのかもしれないけれども、発達障害は1つの認識によってある程度対応出来るんじゃないかなって私は思ってますので、そういった意味で少し窮屈になってる社会を反映するような形で発達障害が広がってるんじゃないかな、という風に私は思ってます。

 

ーナレーションー

「障害」という言葉には、どこかネガティブなイメージが付き纏います。引地さんは、障害という言葉が持つ意味から、考え直すことが必要だと話します。

 

引地:言葉って文化が作り出すものですので、我々の思いとか、こうしたいという社会の在り方によって形作られるものと考えるならば、障害っていう言葉がなくても成り立つ社会を作っていけばいいのかなっていう風には思うんですね。

 

例えば、以前英語でハンディキャップという言葉がありましたけど、これはほぼなくなっていて「disability」という言葉になっているんですけど、ハンディキャップなんでなくなったかというと、ハンドインキャップですね、帽子の中に手を入れるっていう言葉から始まったんですけども、そのイメージがどうも物乞いのイメージが付き纏ってしまうので、そういうネガティブなイメージをもう少し実際的な言葉にしていきましょう、ということで「disability」ということになってるんですけども。

 

これも報道のガイドラインが出て、障害者団体の声明が出て、それで社会で直していきましょうということで成り立っていたりですね、今まで統合失調症という言い方、今してますけども、以前は精神分裂病という言い方をして、これも障害者の家族団体からの提起があって、学会がそれに対して反応して、それが報道追随をして、今統合失調症という言い方になっているんですが。

 

こういう風に言葉っていうのは、基本的にどういう形にしたいかによって変わっていくとは思うので、そもそも障害ということを考えた時に、普通にこれが出来ないよねっていう、いわゆる障壁の部分を障害っていうのが残るにしても、それが人に付くものかどうかっていうものは、もう1回考え直した方がいいかなと私は思ってます。