Podcastなどを文字起こしするブログ

ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」「未来授業」の文字起こしをやっています。「未来授業」は2020年4月分からです。文字起こししてほしいものがあれば、ツイッターのDMに連絡下さい→https://twitter.com/hatake4633

<未来授業>古田大輔さん 第3回「ニュースメディアの信頼性と実名報道」

2020年4月8日配信の「未来授業」です。

www.tfm.co.jp

 

ーナレーションー

今週の講師は、ジャーナリストの古田大輔さん。

 

朝日新聞社の記者、ネットメディア「バズフィードジャパン」の創刊編集長、そして現在はメディアコンサルタントの側面を持ちながら、常にその時代をリードするニュースメディアでジャーナリストとして活躍する古田さんは、現在のニュースメディアが抱える「2つの課題」を指摘しています。

 

課題の1つは、ニュースメディアが継続性のあるビジネスモデルを作れるかどうかの「収益性」。そしてもう1つは「信頼性」だと言います。

 

未来授業3時間目、テーマは「ニュースメディアの信頼性と実名報道

 

古田:つまるところ、ニュースメディア・ジャーナリズムの課題って、2つに集約出来るなって思いました。それは何かというと、1つが「収益性」で、もう1つが「信頼性」。

 

いまインターネットの時代になって、かつての新聞・テレビ・ラジオ・出版の4マスの時代と、大きくゲームのルールが変わってしまったんですよね。かつてのやり方では、かつて程お金が儲けられない、収益性が成り立たない。その中でどうやって永続性・継続性のあるビジネスモデルを作るとが出来るんですかっていう議論ですね。

 

もう1つが、「信頼性」の問題なわけです。信頼性の問題とは何かというと、インターネットの時代になって、誰でも情報を受信・発信・拡散出来るようになった。そうするとですね、新聞が流している情報、テレビが流している情報は本当なのか、という風に疑う人たちが出てきた。当然の話だと思うし、それは自然の流れで良いことだと思うんですよね。これは情報の民主化だって思います。

 

一方で問題点は何かと言うとですね、誰でも彼でも情報を流すようになったら、それは信頼性の低いものとかデマとか山程流れるようになったんですよね。それに対して、ちゃんとしたメディアが対抗していくかっていう議論をしないといけない。それが信頼性の問題なんですよね。

 

ーナレーションー

「信頼性を得るには、実名報道の是非を議論する必要がある」と古田さんは言います。

 

古田:やまゆり園の時もそうでしたし、京都アニメーションの時もそうでした。報道機関が実名発表を京都府警察に求めることに対して、激しい批判が起こりましたよね。ネット上に広がった。

 

それに対して新聞社やテレビ局の人たち、いわゆる記者クラブに加盟しているメディアの人たちが「私たちが実名報道を求めるのは、事件についてより深く知ってもらうためで、事実を流すためで、それで亡くなった一人ひとりを数字として扱うのではなく、一人ひとりのことを知ってもらいたいからだ」という風な説明をしたわけです。その説明も全く受け入れてもらえなかったわけですよね。世の中では批判がさらに広がっていったと。

 

じゃあそれに対して、どういう風なことをしないといけないのか。

 

僕大切なのは、信頼性をメディアが獲得するためには、ニュースメディアが社会に対して貢献をすることっていうのがまず第一だと思うんですよね。そうしないと信頼してもらえない。実名報道というのは、なぜ社会に貢献するのか。どう貢献するのかっていうことをキチンと示さない限りは、理解してもらえるはずもないですよね。それがまだまだ日本には足りてないと思うし。

 

そもそもの問題点としてあるのがですね、日本における実名報道って、記者クラブが非常に深く絡んでいてですね、京都アニメーションの時もそうでしたけど、記者クラブに加盟しているメディアが何を求めていたかというと、京都府警に対して実名を発表してくれ、と。記者クラブに対して。そうしたら、記者クラブの側で実名をもとに遺族に取材をして、実名を出すかどうか我々が判断するっていう風な説明だったんですよ。

 

ここで考えるべきだと思うのは、かつてインターネットがない時代はそうするしかなかったんですよ。インターネットがない時代は京都府警も遺族も世の中に情報を知らしめようとすると、記者クラブに加盟しているような新聞社やテレビ局のようなところを頼るしかなかった。

 

でも今インターネットの時代なわけですよね。情報公開しろというのであれば、別に京都府警がインターネットで発表すれば良いんじゃないですか、とか、遺族の方々がもし自分たちのことを知って欲しいと願っているのであれば、インターネットでも出来るのではないんですかっていう議論もあって然るべきだと思うんですよね。

 

実際に海外においては、事件の被害者についてインターネットで発表している警察当局も存在するわけです。伝統的なニュースメディアである新聞社やテレビ局や出版社やラジオ局の人だけが話すのではなくて、インターネットメディアの人たちも含めて。社会の一般の人、研究者の人たちも出来るだけ含める形で議論をすること。そういった議論を公開することっていうのが信頼性確保に繋がっていくんじゃないかなって思ってます。