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ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」「未来授業」の文字起こしをやっています。「未来授業」は2020年4月分からです。文字起こししてほしいものがあれば、ツイッターのDMに連絡下さい→https://twitter.com/hatake4633

<未来授業>星野ルネさん 第1回「アフリカ少年、ニッポンへ」

2020年5月25日配信の「未来授業」です。

www.tfm.co.jp

 

ーナレーションー

今週の講師は、漫画家・星野ルネさんです。

 

 星野さんは、1984年アフリカのカメルーンで生まれ、4歳になる直前に母の結婚に伴って来日。日本で育ちました。

 

「アフリカ少年が日本で育った結果」というシリーズは、カメルーン生まれ関西育ちの星野さんが、自身の体験を綴った笑って泣けるコミックエッセイです。

 

見た目や価値観、生活習慣の違いを越えて、互いを尊重するためにはどうしたらいいのか。

 

今週は、「日本で育ったアフリカ少年」星野ルネさんと一緒に、「多文化社会の歩き方」を考えていきます。

 

未来授業1時間目、テーマは「アフリカ少年、ニッポンへ」

 

星野:最初に周りと違うと思ったのは、カメルーンで4歳まで父も母も一緒にいて育ってたので。いざ日本に引っ越してきて、保育園に通うとなった瞬間、全員が自分の父親と同じ見た目の子供バージョンみたいなものですよね。初めて見る光景だったんですよ。驚きで。

 

話す言葉も違うし、見た目も違うし、とにかく自分と共通するものは全く何一つないという状況からスタートだったんで。だから、自分だけ異質な存在として、異空間に迷い込んできたというような感じだったのかな。たぶん。最初は。

 

やっぱりこれは動物的な本能だと思うんですよ。自分と違うということは、本能的に敵かもしれないという可能性が出てくるじゃないですか。

 

最初の頃はとりあえず、言葉は通じないんですけど、そこは子供同士なんで、保育園にいろんな遊具がありますよね。滑り台だったりとか。幼稚園の園児たちって、そんな会話もしてないんですよね。みんな遊んでるじゃないですか。そこに言葉が入るだけなんで。それは僕とあんまり違いはないというか。

 

カメルーンから来た少年にとっても、滑り台は面白いし、同じことをして遊ぶことになるんで、言葉通じなくても、多少は平気なんですよね。

 

そこにいると、段々段々わかってくるんですよ。なんとなく。こういう時にはこう言うんだ。こんな状況の時はこんな言葉発するんだっていうことから、周りの子が話してる言葉をちょっとずつ模倣しながら喋っていって、半年一年くらい経った頃にはもうそれなりにはコミュニケーションとれるようにはなってましたね。子供だったんで。

 

これが大人だったら、緊張してというか、話すの恥ずかしいみたいな感覚とか、間違ったらどうしよう、みたいなところあると思うんですけど、チャレンジ精神は子供の方が大人よりも遥かに勝ってるんで、そこは早かったのかな。たぶん。

 

ーナレーションー

 

子供の遊び心と柔軟性で地域に溶け込んでいった、という星野さん。

 

でも、アフリカ系という見た目や言葉の壁により、差別や偏見を感じることはなかったのでしょうか。

 

星野:差別という言葉ほど曖昧なものってなくて、みんなそれぞれに差別という言葉の持っている意味って違うので。

 

僕にとって差別って何かというと、法的にあなたはこれをしてはいけませんとか、ここに入ってはいけませんとかっていうのが差別だと思っているんですよ。あなたはこの地区に住んではいけません、このレストランには入ってはいけませんとか。それは日本には存在していないんですよ。基本的には。

 

例えば、外国人だからこれはやっちゃいけない、あそこに行ってはいけない、この仕事をしてはいけない、というのはないんですよ。本当の差別ってそういうものなんですよ。基本的に。

 

だから日本にあるのって、みんな差別差別って安易に使うんだけど、差別とはまた違うんですよね。日本の中にあるのは、偏見とか混乱とか、よくわからないからあんまり近づかないでおこう、みたいなこととかはあるんですよ。それを差別って含めると、差別は存在するんだけど、自分の中で認識している差別ってそういうものじゃないので、それは思い込みや勘違いや誤解っていう風に僕は言うんですけど、それはたくさんありますよね。

 

まず、アフリカの子だから日本語喋れないと思ってるし、足が速いとみんな思ってるだろうし、というようなこととか。絶対目が良いと思ってるとか、そういういわゆるステレオタイプってたくさんあるんですよね。

 

初対面の人間はそう思うんだけど、僕は基本的に幼稚園にしても小学校にしても、みんなと一緒に生活してるんで、そんなこと生活してるとすぐわかるじゃないですか。こいつそんな足速くねえなとか、こいつ目そんなに良くねえなとか、それは暮らしてればわかってくることなんで。そういう思い込みや偏見というのは、一緒に接したことのない人間にしか発生しなくて。そんなの過ごす時間が増えるに従って、ああそうでもねえんだなってみんな自ずと気付いていくので。やっぱり同じ時間を共有するしかないんでしょうね。

 

コミュニケーションしていけば無くなっていくんですけど、最初に心の中で壁がある人っていうのは、そもそもコミュニケーションしないので。コミュニケーションしてる時点で壁というのは段々下がっていく。コミュニケーションしてるんだから。する意思もあるし、やっていけばわかるんで。壁がある人というのは、そもそもコミュニケーションすら始めないので。

 

で、最初に壁を作って、全ての行動に対して自分が持ってる色眼鏡で判断しちゃうので、それれってコミュニケーションが起こってるって言わないので。だから、壁を取り除きたいんですよね。最初にその壁をね。