鈴木敏夫のジブリ汗まみれを文字起こしするブログ

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<鈴木敏夫のジブリ汗まみれ>CS人気番組「この映画が観たい」との共同企画「鈴木敏夫のオールタイムベスト」(後編)

2015年10月29日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol394.mp3

 

鈴木:僕そんな色んな人と通用しないですよね。やっぱり相性が良かったんです。宮崎駿とは。そして高畑勲とは。もうそれだけ。押井守も仲良かったんですけどね(笑)

 

出会ったのが29。そして今日でしょ。もうほとんど青春の全てを捧げたわけで。返して欲しいですよね(笑)だって宮崎駿っていう人はね、映画作る以外に能力あんまりないですよね。だとしたら、最後までそれやり続けるしかないんじゃないかな。

 

この間、高畑さんにね、「宮さんまたショートフィルムやるんで。僕は死ぬまで宮さん映画作ったらどうかと思ってるんですけど」って言ったら高畑さんが「そうだね。宮さんは作り続けたらいいよ」とか言っちゃってね。そう言ってましたけどね。

 

ーナレーションー

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は、8/2に放送したCS映画専門チャンネルムービープラス」の人気オリジナル番組「この映画が観たい」との共同企画「鈴木敏夫のオールタイムベスト」後編をお送りします。

 

鈴木さんが大好きというウディ・アレンについてや、ジブリ作品の裏話など、エピソードを交えておすすめ映画を紹介します。まずは前回お伝え出来なかったこんな映画のお話から。

 

鈴木:「トム・ジョーンズの華麗な冒険」って。僕ね、これ高校2年くらいなのかな。これはある所にも書いたことがあるんですけれど、僕は人生をやっていく上でこの人の影響を受けました。トム・ジョーンズの。そんなこと言うと、そんなことばっかり考えてたのかって言われそうですけど、まあ思春期っていうのはそういうもんだろうということで開き直ります。

 

この映画を観たキッカケも名古屋のテアトル名古屋っていう所だったんですけどね、これも不純な動機でした。当時、ベルイマンっていう人がいてね、この人の「沈黙」っていう映画があったんですよ。これがですね、公開前から大騒ぎ。〈芸術かわいせつか〉って(笑)当然、高校生ってそういうの観たいわけでしょ。だけど、18歳未満だから中々胸を張って正面からそれを観るわけにはいかない。

 

そうしたら、これは僕の案じゃありません。僕の友達がね、「予告編なら観られるんじゃないか?」って(笑)アイツ本当馬鹿なんじゃないかって思うんだけれど、その予告編を観るためにこの映画観に行くんですよ。

 

で、観始めたでしょ。もうビックリしたんですね。予告編観て、面白かったんだと思いますよ。だけれど、そんなものすぐ吹っ飛んじゃって、この映画に魅入られる。しかも、この主人公の生き方なんですよね。

 

それは何かって言ったらね、単語にしちゃうと、「正直さ」と「寛大さ」。この2つを持ってるんですよね。これ確かアカデミー賞獲ってるんですよ。作品賞を。そんなことも何も知らなかったんだけど、それは後に知るんだけどね。

 

この人の生き方そのもの、その全てにおいて素直なんですよ。考えてることが分かり易い。人物像というのかキャラクター像。少年時代ってそういうこと考えますよね。こんな人になってみたい。で、自分がそれを達成出来たかどうかはともかく、大好きです。

 

でね、同時にその頃、日本映画で言うとね、植木等っていう人がいて、「日本一の無責任男」。これ大人になってから気がついたんですよ。どういうことかっていうと、こういうのを観る一方で、植木等も観ていたんですけど、どっかでね、2人結びつくんですや。植木等がやってた役柄もいつも正直だし、いつも寛大。人に対して。

 

そういうことでいうとね、時代の雰囲気もあったのかもしれないけれど、たぶんそういう大きな影響を受けた。そんな気がしてますね。だからそういう言葉で言うなら、やっぱり自由。この生き方はね、本当に憧れました。

 

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鈴木ミア・ファローっていうのはね、「ローズマリーの赤ちゃん」でしたっけ?そこで有名になったんですけどね。僕はあらゆるジャンルの映画が平気なんですけど、ちょっと怖いのは苦手みたいなところがあって。だけれど、これは東京の銀座、当時みゆき座っていうのがあって、そこでふらり入って観た映画で「フォロー・ミー」って言うんですけど。

 

キャロル・リードって言うとね、大変な大監督。その人の確か遺作ですよね。あるビジネスマン、弁護士かな。の奥さん。だけれど、旦那が結婚した女房に対して打っ遣っとく(うっちゃっとく)。それで彼女は1人で色んなところに行かないといけないんだけれど、その時に彼女ってね何やってたかっていうと、ハイドパーク、公園をグルグル回ってたんですよね。で、ある時旦那が心配になるんですよね。1人で何やってるんだろうって。それである時探偵を雇うっていうね。それで彼女を見張る。その頼んだ探偵が旦那に報告するんですよ。何を報告するかっていうとね、「危険な状態にある。男が出来たかもしれない」って。すると旦那が慌てるでしょ。そうしたら、その危険な男ってコイツだったっていう話なんですけど(笑)これなんでか知らないけどね、すんごく好きな映画でね。

 

それで僕はね、ちょっと羨ましかった。何が羨ましかったかっていうと、ハイドパーク。あの公園が。あの中に出てくるんですよね、ピーターパンの像とか。僕イギリス行くとね、必ずの公園行きたくなるんですよ。それもこれも、やっぱりこの映画のおかげ。で後にっていうことでいうと、ミア・ファロー。この時のミア・ファローって本当に可愛いんですよね。大好き。だから言ってしまえば、単なるファンっていうことで(笑)この歌も良かったですよね。「ファーロー、ファーローミー」っていう歌も好きでした。

 

インタビュアー:可愛らしい作品ではありますよね。

 

鈴木:でもこれがキャロル・リードの遺作でしょ。これ。ビックリですよね。これもDVD出てました?

 

インタビュアー:出てます。

 

鈴木:じゃあちゃんと買おうかな。忘れてたな。なんでそんな下らないことは知ってるんですかね。下らないことは沢山知ってるんですよ、僕。

 

インタビュアー:初見でグッと惹かれたのは、やっぱりミア・ファローの魅力?

 

鈴木:お話もありますよね。もちろん。でもミア・ファローが素晴らしかったな。後に僕は知るわけですよね。ウディ・アレンの映画で彼女が出まくる。僕なんかウディ・アレンを観たのは、彼女が出てるから、みたいな(笑)それも大きかったんじゃないかな。

 

でもなんていったってね、キャロル・リードっていったら「The Third Man」「第三の男」でしょ。その人がこんなロマンチックな映画を最後に残してこの世を去るっていうのは、印象的ですね。大好きでした。

 

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鈴木ウディ・アレンって、「アニーホール」「マンハッタン」その他、色々人気作はあるんだけれど、あの人ってまだ映画作ってらっしゃるんだけれど、たぶん50本くらい。あんまり皆さんが注目していない作品も多々あるけれど、その中に宝石のような素晴らしい作品がいっぱいあるよと。そのうちの一本がこれじゃないですかっていうのが僕の意見なんですよ(この時に鈴木さんが挙げていた作品は、「サマーナイト」です)。

 

僕もどのくらい映画を観たかメモもとってないからわからないんですけれど、すごい色々観てきて、ほとんど総括みたいなことを言うとね、一番肌が合うのは日本映画も含めてなんですけれど、ウディ・アレンなんですよ。この人の映画は理解出来る。

 

何だかって説明しちゃうと勿体ないような気もするんだけれど、これは僕の想像ね。ウディ・アレンが映画監督になろうとした時、すでに映画の歴史は100年あった。そこで彼は考えた。色んな人が色んな名作を残してきた。そこで新しい映画って作れるんだろうか。で、彼はたぶん「もうないよ」って。やったとしても真似っこになっちゃう。だとしたら、自分が監督として映画をやっていく時にテーマはともかくとして、色んな映画人がやってきたその手法、よく言われてますけど、ベルイマンフェリーニ。でも観ていくとね、ある時はベルイマン、ある時はフェリーニ、ある時はチャップリン。本当に色んな映画監督の手法を使って、現代のテーマで映画を作る。

 

だから、この人の映画を順番に観ていくとね、映画の100年の歴史が身をもって観ることが出来るんですよ。ともすると、ものすごいシリアス。ともすると、本当に馬鹿馬鹿しいコメディ。その差がすごいでしょ。僕最初に、自分の興味の範囲が広いって言っちゃったけれど、そういうことでいうと、この人映画観まくった人ですよね。だからたぶんそういうことが起きたんじゃないかな。

 

と同時に、あの人の基本的なテーマって言い切ると嫌がるかもしれないけれど、前提としてね、世の中に世界に神様はいないよって。と同時に、生きていくってことは、しんどい。だけど、たまには良いことあるよって。コメディだろうがシリアスであろうが、いつも描いてるのは真実。そして手法が違うから、一本一本観ていてね、そのバラエティの多さにビックリするんですよね。と同時に、面白くてしょうがない。すごい。天才だと思う。

 

常にあの人ってね、ドラマを作っていく時にね、二項対立。正義があったら悪。信仰があったら懐疑。愛というものがあったら欲望とか、その両極端を映画の中に何個も何個も要素として取り入れて、それで映画を形作っていく。だから彼の映画の特徴って、無駄がないんですよね。常に論理的でわかりやすい。と同時に、楽しませてくれる。

 

まあ色んな映画を観てきたけれど、こんな面白い人は(笑)この人こそ本物の天才。と思ってるんですけどね。

 

映画ってね、新しい映画を観たいんだろうけれど、百何十年の中であらゆる映画は作られちゃったっていう時に、結局やろうとしたら、引用はせざるを得ない。それで映画作ったってね、しょうがないんですよ。だとしたら、開き直って「これは引用です」って言っといて作っちゃう。しかし、テーマは違う。

 

彼の映画をずっと観てきて、これは本当に言える。ウディ・アレンって、失敗作ゼロ。全部成功作ですよね。本当にそう思いますね。

 

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鈴木:例えば、こういうことがあるんですよ。「魔女の宅急便」のとき、宮崎駿が監督になることになってね、僕が説得をしたんですよね。宮さんにやってほしいということで。それである時彼がね、「ちょっと鈴木さん、付き合え」と。当時、ジブリは吉祥寺にありました。

 

付き合えって何かなと思ったら、散歩だったんですよね。吉祥寺の隅から隅まで歩きまくったんですよ。井の頭公園も含め。それで吉祥寺の駅に戻ってきて、とある喫茶店。歩いた時間はね、3時間くらい歩いたと思う。宮さんも歩くの好きだし、僕も歩くの好きなんで。

 

それで喫茶店に入った途端、彼が言い出したんですよ。「どういう子なの?これ」って。その時咄嗟に答え返さないといけないから、「思春期の女の子ですよ」って。「宮さん思春期は扱ってないですよね?」「思春期ってどういうこと?」っていったら、「小学生の子供は思春期じゃない。で、後は青年になっちゃう。その真ん中ですよ」って。「それをどうやってキャラクターにするかじゃないですか?」っていったらね、喫茶店ってナプキンって置いてあるじゃないですか。それをパッととってね、自分の持ってたポールペンで「ということは、こういうことかな?」って描いたのが、キキの顔があるんですけど、あのデカいリボンなんです。僕見てね、「えっ?」っていったら、「このリボンが彼女を守ってるんだよ」って言い出したんです。

 

僕ね感心したんですよ。このでっかいリボンを外せる日が来るのかなー、みたいなことを言うから。自分に自信がない、不安だから、何かで自分を守ろうとする。で、後にね、キキはジジっていう猫、もう一人の自分にそれにもするし、だから最後、ジジも離れていく。それで彼女が一人立ちしたっていう映画になると思うんですけど。そういうことはやりますよね。

 

揉めたわけではないんだけれど、「魔女の宅急便」の中に、途中で絵描きのお姉さんウルスラっていうのが出てくるんですよね。あの時はね、ちょっとだけね、意見の相違があって。宮さんが女の人を出すと。原作にね、27歳って書いてあるんですよ。だから27歳だって。僕、反対したんですよ。

 

大体ね、キキって何なんですか?って偉そうに言っちゃったんですよ。要するに、13歳になったら旅に出なきゃいけない。それである街に自分で足元を作る。その時にすぐ彼女は、トンボっていう男の子見つけるじゃないですか。僕はあれ気に入らなかったんですよ。知らない街は行ったら、自分と同じ年齢くらいの同姓の子を友達にする。その上で男性に行くっていうのは僕もよくわかるんですよ。だけれど、これじゃいきなり男の方へ目が行ってる、だから、せめて絵描きのお姉さんは同姓の女の子にしたらどうだって。

 

したら宮さんがね、悔しいんですよ。嫌なんですよ。そうやって言うとね。ある日、僕のところにやってきて、「鈴木さん、わかったよ。27やめたから」「じゃあ13歳ですか?」っていったら「18だ」って言うんですよ(笑)つまり、13と27の真ん中をとったら、18だろうって(笑)

 

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鈴木:でね、抽象的じゃないんですよ。具体的なんですよ。それの失敗っていうとあれだけれど、「ラピュタ」作る時に、宮さんがね「何かないかなー」って言い出したんですよね。「何ですか?」っていったら、パズーの設定。「未来少年コナン」っていうので、槍持ってたでしょ。「だからまた槍使うわけにはいかないんだよ」って言い出すんですよ。何かないかなって。

 

で、色々言われてね、色んなこと言った気がするんだけれど、ダメダメダメって。したら宮さんがね、「トランペットにする」って。それでいつもトランペットを持ってる少年ってやり始めたんだけど、最初だけでしたね。飽きちゃったんですよ(笑)僕が「トランペットどうしたんですか?」って訊いたら、「あれ大変だよ。持ってるとメンドクサイからさ」って。

 

:描くのが?

 

鈴木:そう(笑)そういうことによって生まれる時もあるんです。

 

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鈴木:「千と千尋」でね、湯婆婆には実は姉さんがいた。銭婆っていうんだって。それで宮崎駿がね、そのキャラクターで困ってたんですよ。「どうしよう」っていうんですよ。「宮さん、もう時間ないんですよ」「わかってるよ」って。「またまたしてると、本当に映画公開に間に合わないですからね?」って。「わかった!鈴木さん」「何ですか?」「湯婆婆と銭婆、双子だよ。そうすれば、楽じゃん」って(笑)本当は違うキャラクター描こうとしてたんです。そういうことも出てくるんですよね。

 

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鈴木:職人さんが好きなんですよね。どういうことかっていったら、わかりやすい例で言いますよ?「ロミオとジュリエット」ってあるでしょ。これってシェイクスピアが17世紀に書いたでしょ。色んな人が一言一句変えずに、演出してきたでしょ。それで見た印象が全部違う。これは何かっていったら、演出の違いでしょ。

 

僕ね、それでいうと、作家はシェイクスピア。しかし、演出の面白さってやっぱりあると思ってるんですよね。だから、作家もいいけれど、演出も凄いんじゃない?って、なんてことを考えますね。

 

だから、世の中でご自身の自覚として作家と思ってらっしゃる方が結構いるんだろうけれど、現実においては今作家になるには難しい時代、だと僕は思ってますね。だったら開き直って、「僕は演出です」って。それで過去の名作を自分なりのアレンジで作るっていうのが良いんじゃないかなって気がするんですけどね。

 

だからね、僕と付き合ってる宮崎駿高畑勲でしょ。高畑勲の場合ははっきりしてますよ。「僕は演出家です」って。何をやってるかハッキリさせたいんですよ。そうすると宮崎駿はね、作家っていう言い方に対して、抵抗感持ってますよね。作家という言い方に対して宮崎駿が常に言うのは、「バトンだ」って。「人からバトンをもらって、それを次の人に渡す。そういうのか俺だよ」って。

 

それで何を言わんとするかって、そこら辺の問題でしょ。そんな完全でオリジナルだっていうのはね、あの人そんな興味ないんですよ。それよりも、その時代時代に面白いものをどうやって作るか。

 

そういうことでいうと、20世紀から21世紀にかけて、この人は確かに作家なんだけれど、同時に演出のテクニックを持ってる。だって色んな人のテクニック全部自分がマスターして、それを再現出来るんだもん。それは面白いですよ。だってある時の作品なんか、ほとんどベルイマンだしね、ある時はフェリーニだしね。やっぱり凄いと思うもん。楽しめる作家です。