2008年3月25日配信の「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」です。
あ
鈴木:僕は御殿場の方にお伺いした時に、、
黒澤:ありますね。
鈴木:その時にお目にかかってるんですかね。
黒澤:はい。
鈴木:もうだいぶ前ですけど。
黒澤:そうですね。父が元気だった頃ですからね。
鈴木:14、5年前ですかね。
黒澤:あ、珍しい人がいるじゃないですか。
鈴木:え?どういう意味なんですか?
黒澤:滅多に顔出さないから。
鈴木:あ、谷島くんですか?でも今日はね、谷島くんの陰謀なんですよ(笑)
黒澤:ウチの父はずいぶんスタジオジブリの宣伝をしましたからね。あちこちで『となりのトトロ』が好きだっていうのは書いてます。『魔女の宅急便』を観て泣いた男ですから。
鈴木:ありがとうございます(笑)
ーナレーションー
ようやく桜の蕾が開き始めた夜、れんが屋にやってきたのは、黒澤和子さん。没後10年、いま改めてその作品が注目されている黒澤明監督の娘さんです。
黒澤:企みで私は映画界に入れられたんです。
鈴木:企みですか(笑)
黒澤:だって私映画界に入るつもり全然なかったですよ。全くそういう方向の勉強をしていなかった。だから、ある一日を境に「お前、一緒に働かないか?」って言った次の日から映画人で、その前までは普通の人だったので(笑)
ウチの母が亡くなって、父親と娘の間って、いつも母親が介在してるじゃないですか。それなので、それがポッといなくなったら、すごい照れくさいんですよ。お互いに。それでどうにか仲良くなる手段っていうのを父は考えたんだと思うんですけど、でも一緒に働いちゃえば手っ取り早いし。
鈴木:楽ですよね。
黒澤:それで「映画、一緒に働こうよ」って言われて、突然。
鈴木:似てるんでしょうね。
黒澤:似てるみたいなんですよね。一緒にやってもすごく楽だったらしいんですよね。
鈴木:まぁそうですよね。
黒澤:だから笠智衆さんの前掛け、あれ私が染めたんですけど、「緑に合う赤」って一言言っただけなんですよ。で、「こんな感じ?」って言ったら「この色だ」って言って。
黒澤:だから本当に面白いですよ。子供みたいっていうかね。例えば、普通家に帰って鍵がどこにも見当たらないっていう時は、普通の大人が考えることは色々あるじゃないですか。不動産屋へ電話するとか、鍵の会社があって、そこでやってもらうとか。
小泉監督だったら誰にも迷惑をかけないっていうことをまず考えると思う。たぶん奥方が帰ってくるまでどっかでじっと待ってるでしょうね(笑)
そういうことは全く思い浮かばないんですよ。ウチの父は。すごく単刀直入に窓ガラスを割るっていうところにいくので(笑)
鈴木:(笑)
黒澤:入るということがまず先決なので。回りくどいのはダメなんです。
鈴木:それはよくわかりますね。
ーナレーションー
花の夜に意外な黒澤伝説が聞けそうです。
黒澤:不思議なんですけど、マスコミで黒澤明像っていうのが作られちゃってて。気難しくないんですよ。あんなに世の中で気難しくない人はいないんですよね。頭が柔らかくて。
鈴木:周りがね。
黒澤:ウチの親父口が悪いんで、「これはこう。これはこう」って途中で止められるじゃないですか?「アイツらの方が本当頭固いよね」ってよく言ってましたけどね。
鈴木:まぁ柔軟でなきゃ長く作れないですよね。
黒澤:そうですよね。
鈴木:『まあだだよ』の時もジブリって徳間書店の傘下にあった。徳間グループだったんで。『まあだだよ』っていうのは、同じグループの大映が作る。そんな関係もあって、あれのテレビスポットを作る機会に恵まれたんですよ。
それで僕は東北新社っていうところで籠もって、宮崎駿も一緒にそのスポットを作ったんですけどね。僕がこういうコピーを考えたんですよ。「監督、最後の作品ですか?まあだだよ」って。やりたかったんですよ(笑)
黒澤:いや本人はしょっちゅうギャグに使ってましたよ。
鈴木:そうしたら、「それはやめろ!」っていう命令が来るんですけどね。
黒澤:本人に言ったらオッケーだったでしょうね。きっとね。
鈴木:ね!
黒澤:大体そういうもんなんですよ。周りに止められちゃって。
鈴木:それで間に入っちゃった人が大騒ぎになってね。最後、徳間康快まで現れてね、「絶対作るな!」って。「黒澤さんに対して失礼だろ!」って言われて。
黒澤:本人しょっちゅうギャグで言ってましたよ。「もうこれが最後の作品ですかね?まあだだよ」ってやってましたよ。
鈴木:やりたかったんですね。やっぱり。その時って写植じゃないですか?僕その写植いまだに持ってるんですよ(笑)
黒澤:色んなことをやってみたい人じゃないですか。映画の中で。
鈴木:僕本当は『夢』なんかは、そういうことを宣伝文句に使えばいいと思ったんですよ。本当は全部長編で作りたかったって。すると、全然違って見える。そうやって見ていくと非常に面白い映画なんですよ。
黒澤:私は『夢』からスタッフに入ったんですけど、葬式はある歳を超えたらお祝いでいいっていうことから、あれは発想されてるんですよね。
鈴木:なるほど。
黒澤:もう大変だったんですよ。『夢』の映画撮る前は。毎日のように食事を父とするんですけども、「お前、今日の何の夢を見た?」って毎日訊かれるんですよ。
鈴木:(笑)
黒澤:それでもう毎日のように出てくるんですよ。本当に凝りもせず。
鈴木:何か言うんですか?
黒澤:言うっていうか、ずっと映画の現場で一緒に働いてるんですよ。だから小泉監督が「いやー先生が毎晩出てきて一緒に働くんじゃ、昼間の撮影の方が楽だねー」って言うんですよ(笑)
男性:夜の撮影よりも?
黒澤:そうそう(笑)夢の中の撮影の方が大変だねって。
男性:どんな映画撮ってるんですか?
黒澤:なんかね時代劇だったり、その時によって色々変わるんですけど、「そこの襖がなんとかだから違うんだ!」とか怒鳴ってる時もあれば、ニコニコしている時もあるし。ただひたすら一緒に働いてるんですよね。
その何ヶ月間かは楽しかったですよ。ウチの父が見たっていう夢も、幼い頃から河馬が襖を開けてお辞儀して入ってきた夢を見たとか。
鈴木:あれは本当なんですか?これも誰に聞いたか記憶にないんですけど、黒澤さんが『平家物語』を作りたかった。
黒澤:それは本当です。作りたかったものは山のようにありまして。ただ映画っていうのは、今っていう時があって、それを逃すと決して良いものが出来ないから、それは切り捨てるっていう風に言ってましたね。
鈴木:映画はそうしないとあれですよね。
黒澤:生き物の記録みたいなのは、ちょっと早く撮りすぎちゃったかなって本人は言ってましたよね。
鈴木:それと『野良犬』とか、ああいうのを見ていく時に刑事っていうのが出てくるじゃないですか。僕はもちろんリアルタイムでは観てない。歳をとって観るんですけどね、一言でいうと、観てて刑事って嫌だなって思わせてくるんですよ(笑)映画だから当たり前ですけど、臭いはないはずですよね。ところが、その臭みが伝わってくる。これは一体何なんだっていう(笑)これはその後の映画でみんなが一番薄れちゃった部分。刑事っていう職業の持って臭み、そんなのが伝わってくるんですよ。それと同時にモノクロでありながら、単に仰いでるだけでこんなに暑いの?って。そういうのがすごいんですよね。
黒澤:人間って興味を持ったり、好きになったものしか上手に出来ないから、一生懸命一旦やってみて朧げにでもちょっと見えてくると、また面白くなって上達したり、色々なことがわかって前に進んで、そこで諦めないでちょっと大変でも一生懸命やってみると、また前が開けてきてっていう繰り返しだから、そういう意味での一生懸命なんだよね、ってよく言ってましたね。
鈴木:それはすごくわかりますね。
黒澤:やっぱり面白がらないと、ものって作らないから面白がるためにはハマらないといけないっていうことなんだと思うんですけど。今は上っ面で表面的にみんな上手になっちゃっていて、中々ハマらないじゃないですか。その辺のことだと思いますよね。
いつも映画界に入って言われたのは、「もう働かないと思っても、もう一押ししてみろ」っていつも言われてましたね。
鈴木:そこに何かあるんですよね。面白いのが(笑)
黒澤:『ルパン三世』やってらしたんですよね?
鈴木:宮崎駿はやってましたね。
黒澤:あの頃、『ルパン三世』観てウチの父が大好きだったんですよ。
鈴木:そうなんですか!(笑)
黒澤:「いやーこれはいいね」って言って、それで後になって出てらっしゃって。「やっぱりね」って言ってましたね。もちろんアニメもそうだと思いますけど、観た時に作った人に会ったなっていう気持ちがするっていうんですよね。それが漂ってるものだから、それぞれ映画監督のものなので、こうであったらいいっていうのはないと思うんですよ。その方がこうしたかったっていうことがすごく大事で。
よくマスコミの方なんかに父が「誰それさんのこの映画は、全然監督とは違う作風ですが、どう思いますかね?」っていう質問がよく来るんですけど、その時ウチの父がよく答えてたのは、「だってみんな同じじゃつまんないじゃない」って。
例えば、歯医者さんとか美容院とか行くと、必ず違うところで治療してきたのか「えーこんなやり方して!」みたいな言い方するじゃないですか。「このカットが」とか。そういうことがウチの父は嫌いだったみたいなんですよ。同業なんだから、ちゃんとお互いに認めてあいたいし、力を合わせたいなと。
晩年の10年くらいはいつも言っていたのは、監督とはなるべく会いたいと。
鈴木:色んな監督ですね?
黒澤:そう。もちろん日本の監督と世界中の監督と垣根を取っ払って、映画界が良くなるためにどうしたらいいかってことを話し合いたいから、誰でもいいか来て欲しいってことを。
で、「教えあえばいいじゃない?」って言うんですよ。例えば、何十人監督いれば、すごく雨が撮るのが上手い監督がいれば、「どうやるの?どうやるの?」って話してたし、女性が撮るのが上手い監督だったら、「どうやるの?」って、そういうことをコミュニケーションをもっととっていけば。昔はそうだったらしいんですよ。成瀬さんとか小津さんの頃っていうのは、お互いのセットも見に行ってたし、しょっちゅうディスカッションをしていたので、「なんで今の人っていうのは閉鎖的なのかね?」って。
鈴木:そこなんですよ。僕のそばにいる二人もある意味で閉鎖的ですね。それから認めない。っていうのか、認めたら作れなくなっちゃうんですよ。
黒澤:ウチの父の若い時っていうのは、無邪気な人なんで、成瀬さんなんかも大先輩じゃないですか。それでもウチの父は何でも訊きに行ってたらしいんですよ。積極的な人だったみたいで、ジャン・ルノワールとか大先輩がいるじゃないですか。誰でも平気で話をしちゃう人だし、何でも訊いちゃうんですよね(笑)まぁ汗まみれです(笑)
鈴木:(笑)
黒澤:ずっと居間に写真がありますけど、母と父とジョン・フォードが並んでいて、ウイスキーとか並べてあって。仏壇が一切ないウチなんですね。親の時もそうで。写真は置いてあるんですよ。
一番大事なものがウチは台本なんですね。今でも私は自分のやる脚本とか、例えば、ウチの息子も俳優なんですけど、自分がやる脚本とか、なぜか供えてあるものがそういうものばっかりなんですよね(笑)
男性:その都度その都度?
黒澤:そうなんですね。いま一番上には『明日への遺言』の大入袋が載っかってますけど(笑)そういうものばっかりなんです。
鈴木:あのね、黒澤さんからお手紙を宮崎がいただいたんですけど、その前に全作品のビデオをお送りして、観たと。『となりのトトロ』も
良かった。『魔女の宅急便』も良かった。『ラピュタ』も本当に面白い。『ナウシカ』もさらに面白かったと。しかし私がなんといっても心に残ったのは、『火垂るの墓』であると。
黒澤:『火垂るの墓』の時は次の日行ったら、目が真っ赤でした。
鈴木:それをいただいたのがですね、宮崎への手紙なんですよね。『火垂るの墓』は高畑勲なんですよね(笑)
黒澤:そうなんですよね。一緒だと思ってますから。
鈴木:それでねその後、『火垂るの墓』について延々書いてるわけですよ。最初読み始めな宮崎は、非常に感動して嬉しかったんですけどね、途中で『火垂るの墓』になった時に顔色が変わりまして(笑)
黒澤:たぶん『トトロ』が一番好きだったと思います。
鈴木:あ、そうですか。
黒澤:ただ、手紙を書く直前に観たのが『火垂るの墓』だったんで、自分はジブリっていったら宮崎さんしかやらないと思ってるから、結構サービス精神がある人なので、それを書かなきゃ、と思ったんだと思います。
鈴木:僕は記憶が薄くなってるんですけど、自分がどういう子供時代を送ったとか、そういうことと非常に関係があるんで、そこら辺のことを書いてらっしゃったと思います。
黒澤:すごい泣いてましたよ。絵のタッチとかも『トトロ』の方が好きだと思いますし。
鈴木:元々、絵もお描きになってたから。なるほどね。僕は今から14、5年くらい前ですかね。御殿場の方にお伺いをして、宮崎駿と対談をしていただくという企画があって、沢田さんという方がやりたいということで一緒にご協力して御殿場の方に伺わさせていただいたんですけど。宮さんがすごい緊張して。本当に書生のように上がって喋ってたのを覚えてますけどね。
僕が一番ビックリしたのが、ご本人が立派に見える方。
黒澤:体がデカいんですよね(笑)
鈴木:いや、体だけじゃないですね。物腰、喋り方、それから話される内容もそうなんですけどね、僕はとにかく一番驚いたのは、それまで映画をずっと観てきたんですよ。それでテレビその他で黒澤さんの姿を見てましたよ。だけれど、ご本人の物腰、ものの言い様、内容、これにビックリしましたね。一言でいうと、ご立派なんですよね。人間というのはここまで立派になれるんだろうかって。僕は勝手な思いですよ?この人は作品にもそういうことを課していたけれど、ご自身にもそれを課したのかなって。それが一番印象に残りましたね。やっぱすごいですよ。偉大ですよ。でもご本人が一番面白かった。
黒澤:(笑)
鈴木:だってご本人が作品なんですよ(笑)僕は宮崎駿という人と付き合ってきてるでしょ?やっぱりたまに思いますよね。少しは立派になってやって(笑)
黒澤:立派だって。
鈴木:いや、いまだに良く言えば人間臭いんですけどね、いまだにわがままで何言ってるんだこの野郎っていうね(笑)そんなのばっかの毎日ですからね。少しはそっちを目指して欲しいなって。