鈴木敏夫のジブリ汗まみれを文字起こしするブログ

ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」の文字起こしをやっています。https://twitter.com/hatake4633

崖の上のポニョ VS スカイ・クロラ ゲスト:押井守さん

2008年8月12日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol45.mp3

 

男性A:押井監督との仕事は本当に面白かったですね。あんなによく喋って、面白い監督だとは写真からは全然想像出来なかったんで、すごい楽しい作業でした。

 

女性A:実写の監督なんじゃないかって思うぐらい、テクニカルなことをおっしゃらない方なんですよね。役柄の感情を引き出していこうという監督で肉体的なことをおっしゃる感じというか、「ここは腰を据えて」とか。

 

男性B:とても頑固な方だなと。自分の持ってる世界観というものを、揺るぎのないビジョンが見えてるという風に。妥協することがないというんですか。さすが世界の押井という方だなと思いました。

 

スカイ・クロラの音声)

 

ーナレーションー

公開から一週間。あの映画『スカイ・クロラ』の監督が、ついにれんが屋にやってきました。

 

鈴木:『インディー・ジョーンズ』観た?

 

押井:うんうん。

 

鈴木:『インディー・ジョーンズ』観てない?要するに、ハリソン・フォードがある時チョメチョメして、その時にできた子供が大きくなってたっていう話なのよ。なんでみんな親と子が出てくるの?これ。宮さんもそうだし押井さんもそうだし。

 

この三本を評論家風に言っちゃうとね、何が面白いかといったら、かたや空でしょ?かたや海、かたや秘境へ行っちゃうんですよ。また。それでいまあるここは関係ないの。これは面白かった。面白いでしょ?

 

押井:それはいつもの鈴木敏夫の詭弁の最たるものでさ、自分で一人で関心して見せてさ、、

 

鈴木:感慨があったの!感慨が。

 

押井:感慨なんて歳とったんだから、親と子の話になるの当たり前じゃん。

 

鈴木:そう!その通り。宮さん67でしょ?スピルバーグっていう人は62、3?

 

押井:そのぐらいだね。

 

鈴木:で、押井さんは58だっけ?

 

押井:7!

 

鈴木:みんながそういうことやってるんですよ。細かいことはいろいろあるけれど、これはちょっとビックリした。空だとか海だとか秘境だとかっていうのがみんな共通項。全部あの世。

 

押井:50過ぎてさ、映画の中にあの世が出てこない方がおかしいんだもん。

 

昨日の『ポニョ』を観てわかったよ。この映画は鈴木敏夫は何もしてないんだっていうのがはっきりわかったよ。100%宮さんの映画っていうね。

 

鈴木:それはその通りです。

 

押井:指一本触れてないっていうか、触れさせてもらえなかったんだよ。きっと。映画になってないもんね。

 

だって宮さんの映画が映画足り得たかというと、どこかで鈴木敏夫がいたり高畑勲がいたりしたからなんだよ。映画として回収する装置がなかったんだもん、今回は。妄想の羅列だもん。もっと言えば、願望炸裂映画じゃない。

 

ーナレーションー

かつてこれほど『ポニョ』の批評をはっきり口にした人がいたでしょうか。でも何を言われても、鈴木さんがニコニコ嬉しそうなのはなぜなんでしょう。

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今夜は夏休みスペシャルバトル。「崖の上のポニョ VS スカイ・クロラ」。鈴木敏夫押井守トークバトルをお届けします。

 

鈴木:ダメだった?『ポニョ』。

 

押井:なにが?

 

鈴木:『ポニョ』ダメ?

 

押井:いや面白かったよ。面白かったっていうのは宮さんの妄想が面白かった。映画になってないっていうさ。映画として回収してないんだもん。全然。

 

鈴木:あんまりそういうこと言わないで欲しいのよ(笑)

 

押井:そういう映画じゃん!

 

鈴木:なんでそういうこと言うの(笑)

 

押井:だってそうじゃない!

 

鈴木:もう少しさ、オブラートに包んで言って(笑)

 

ーナレーションー

30年来の親友だから語り合える『ポニョ』と『スカイ・クロラ』。そして日本のアニメーションを巡るトークバトル、押井守鈴木敏夫の言葉は悪いが心優しい本音対談。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。

 

押井:あのフジモトっていうのは何者なの?何者なの、あれ。

 

鈴木:フジモトって押井さんに一番似てるんじゃないかな?

 

押井:どこが似てるんだよ。

 

ーナレーションー

この番組は、ウォルト・ディズニー・ホームエンターテインメント、読売新聞、“Dream Skyward"JAL、"街のホットステーション"ローソン、アサヒ飲料の提供でお送りします。

 

鈴木:元気だね、押井さん。

 

押井:え?

 

鈴木:元気。

 

押井:元気だよ。体力も気力も溢れ返ってるからさ。

 

鈴木:『スカイ・クロラ』は面白かったです。

 

押井:今日来た目的は一つだけでさ、なんで放ったらかしにしたんだってさ。

 

男性:それが今日の押井さんのテーマなんですね(笑)

 

押井:そう。嫌になっちゃったわけ?

 

鈴木:違う違う。

 

押井:じゃあ何なの?

 

鈴木:宮さんの心境ですよ。宮さんの心境は高畑勲の呪縛があったでしょ?高畑勲っていう人と15年やった。でもその後も実は亡霊のように付き纏ったわけでしょ?でも宮さんの大きなテーマの一つは、そこからどうやって遠いところに行くかでしょ?

 

押井:それは多少なりともさ、自分の映画に鈴木敏夫の理屈とか、高畑勲の能書きが必要だということは認めてたわけだ。ある時期までは。たぶん。

 

鈴木:はい。

 

押井:認めたくないけれども。やっぱり必要だったんだってさ。それを抜きに映画を作ってみたってさ。素晴らしい妄想の書き手であることは認めるんだってば。たぶん日本一というか世界一の妄想の書き手であることは確かだよ。

 

鈴木:作ってみたかったんだよ。とにかく自分が思いついたことをどんどん絵にしていく。そういう映画を作ってみたい。そういうことでしょ?

 

押井:それは映画というにはちょっと無理があるっていうさ。個々の妄想はものすごく面白いわけ。表現力に満ち溢れてるしさ。頭の10分間は絶好調で、クラゲに乗って上がってくるところとか本当に上手いなーっていうさ。個々のシーンは素晴らしくてウットリするんだけど、、

 

鈴木:まさに押井さんが指摘したようにね、妄想をやりたかったんですよ。

 

押井:あのお母さん、何のためにウチに帰ってるの?

 

鈴木:ウチへ帰ってる?

 

押井:ウチへ帰ってから、もう一回ひまわりに戻ってるじゃない?だったらなんでずっとひまわりにいないのよっていうさ。何しにウチに帰ったの?  

 

鈴木:それはポニョと宗介のやりとりをしたかったからでしょ?

 

押井:あの映画の世界の中でどういう意味があるんだっていうことを聞いてるんだよ!最低限の必然性がなかったら、誰も納得しないんだよ。それでもついつい観ちゃうのはさ、表現力が圧倒的だからだよ。

 

鈴木:そういうものを作りたかったんだろうね。

 

押井:え?

 

鈴木:そういうものを。

 

押井:だからテーマはとっくの昔になくなってるんだよ。

 

鈴木:構造のない映画を作ろうと思ったのは確かですよ。

 

押井:構造のない映画を作ろうと思ったんじゃなくて、、

 

鈴木:それは何でかっていったら、構造って高畑さんだったんですよ。そうすると、構造を持ち込む限り、永久に高畑さんから離れられないんですよ。

 

押井:それがおかしいんだよ、だから。

 

鈴木:いや、おかしいかろうが何だろうが、、

 

押井:自前の構造を持てばいいだけの話じゃないの。

 

鈴木:だからね、僕も驚いたですよ。なにしろそばにいるわけでしょ?普通、宮さんの映画っていうのは主人公がいて、その人の後にくっついていくと、色んなことがわかっていくでしょ?それを観客が共有するんですよ。いわゆる推理ドラマ。

 

ところが今回は、色んな人にいくでしょ?ポニョの話かなって思ったら宗介へ行ったり、そうかと思うとフジモトが出てきたり、色んな人へ行ってその人たちのわかったことで観客がそれを共有出来るかっていったら、そういう映画じゃないんですよね。

 

で、普通そういう場合だとね、最初に説明しますよね。一体ここで何が起きているんだって。その中でそれぞれの役割をやるっていうのが普通でしょ?やらないんだよね。押井さんもいつもと違ってたよね?

 

押井:僕はいつもと違うものを作ろうという風に意識して作ったんだもん。

 

鈴木:今回、セリフ少ないでしょ?

 

押井:少なくしたの。

 

鈴木:少ないんですよ。どういう心境の変化があったんだろうって。

 

押井:観てもらいたいものが違うからだよ。

 

男性:押井さん今回、恋愛というものに向き合ったとして、原作がそうだったからでしょうけど、主人公が歳をとらない子供じゃないですか?子供で恋愛映画をやるっていうことっていうのは、、

 

押井:あのさ、アニメーションはどこまでいっても記号的な表現であることは確かなんだから。

 

鈴木:でも一種、人形浄瑠璃に見えなかったですか?

 

男性:表情自体は豊かではないですよね。

 

鈴木:キャラクター、動き。美術はともかくとして、そこで人が動かしてる。人形浄瑠璃

 

押井:見る角度によって表情が生まれるのが人形浄瑠璃の世界なわけだ。お能でもなんでもそうだけどさ。日本の伝統でもあるんだけど。

 

鈴木:非常に日本的なんですよ。だから。

 

押井:佇まいで何かを表現しようっていうのはさ、日本人が持ってる美意識の一種特権的な表現ではあるんだよ。動くとか演技するっていうんじゃなくて、佇まいで何かを表そうって。

 

男性:僕これ思うんですけど、説明をしないことであそこにただ単に新聞を読んでるとか、みんなで集まってビールを飲んでるとか、タバコを吸ってるっていうだけで、もしかしたら今の若い人っていうのは自分の実感と延長線上で、あそこにいる人たちがわかってくれるんじゃないか、と思って押井さん作ったような気がするんですよね。

 

押井:それもある。

 

鈴木:あれなんかも気になったんですよ。一人ひとりのキャラクターが喋るでしょ?無表情で。ところがカット変わりでなんか手が動くんですよ。髪触ったりね。ちょっと横向いたりね。常にそれがついてるんですよ。あれなくなると、どうなるのかなとか(笑)

 

押井:あれなくなったら何もないよ。いま若者たちが生きてる時間そのものを表現しようとしただけで。

 

鈴木押井守と恋愛映画。恋愛したの?

 

押井:したことくらいあるよ!

 

鈴木:いや最近。

 

押井:余計なお世話だよ!(笑)

 

鈴木:老いらくの恋(笑)僕は感じたんですよ、やっぱり。

 

押井:老いらくの恋っていうのはさ、、

 

鈴木:言葉はそのままじゃないんだけど。

 

押井:老いらくの恋だからこそさ、本質が露呈するんだよ。歳をとればとるほど質へ執着するんだよ。生きる方もりっしんべんの方も含めてさ、そういうもんなんだよ。普通のオッサンたちはさ、それを表現する術がないから、小娘相手に援交に走ったりするってそれだけでしょ。端的に言えば、色気づいたんだよ。

 

鈴木:そうそうそう。

 

押井:昔、大塚さんが言ってたじゃん。大塚さんが宮さんのことを安い居酒屋で飲んでる時に、宮さんがトイレに行った隙に大塚さんが「宮さん、60過ぎたらすごいことになるかもしれない。女に狂ったら凄いよね!」とか言ってさ。そうなって欲しい風だったじゃん。明らかに。

 

一番そういうところに淡白だったのが大塚さんだよね。でも見てるものは見てるわけだ。僕もそう思ったもん。宮さんはそういう意味で度胸ないから。奥さん怖いし。絶対現実では走らないだろうけど、代償行為は全部アニメーションの中に持ち込むわけだ。やっぱりあの人は植物とかクラゲとか、そっちの方に行ったんだよ。

 

鈴木:そうそう。言い方はあれだけど、老境。

 

押井:だってさ、クラゲであり魚であり5歳の子供であり女の子でありさ、明らかに老人の世界だよ。だってあの映画って、子供と年寄りしか出てこないんだよ。お母さんとお父さんを除けば。他の大人たちってどこにいるわけ?

 

鈴木:押井さん、さすがだね。でも押井さんが面白いのはね、これだけ理屈っぽい男が絵を見てる。本当のところを言うと、一番ビックリしたのはラッシュ見てて、あの車のシーン。アイスクリームペロって舐めて、手前に車来るじゃない。ハンドル左に切るじゃない。あの迫力のなさ。本当にビックリしたの。「え、どうすんの?」って思って。

 

お話の方もそう。「リサ!リサ!リサ!」なんて言って色々やってるくせに、それはあっという間に解決でしょ?いっぱいそういうのがあるんですよ。それの羅列でしょ?きっかけの部分だけをポンポンやってくんですよ。

 

押井:特にクラゲを見た時にそう思った。あのクラゲ上手いよね。

 

鈴木:上手い。

 

押井:ビックリしたよ。

 

鈴木:田中のあっちゃんが特にやった。ワンカット1600枚くらい。

 

押井:クラゲのヒラヒラとかポニョの妹たちのヒラヒラとかね。あ、こういう世界に行ったんだっていうさ。

 

男性:かたや押井さんは今回、『イノセンス』なんかは人形の世界でしたけど、人間に行ったっていうことですかね。そういう意味では。

 

鈴木:だから歳をとったっていうことでしょ?人間と人形とか、人間と犬とか、それを無理に言ってたわけでしょ?それが俺の専売特許だって。それで踏ん張ってる時は若かったんですよ。ということなんですよ。それが相手が人間になった途端、それは押井守の踏み絵を踏んじゃったわけでしょ。だからある種の老境なんですよ。

 

だから僕に言わせれば、さっきの『インディー・ジョーンズ』と関係あるんですよ。僕この三本観てて、やっぱりそこへ戻るんですよ。いま若い人はどういうものを作るんだろうって。おじさんたちはこういうものを作ってる時、若い人はどう思うんだろうって。

 

でも僕は『ポニョ』も『スカイ・クロラ』も『インディー・ジョーンズ』も面白かったんですよ。わーっと詰め込んで。いわゆる『インディー・ジョーンズ』を好きだった人がみんな文句言ってるでしょ?でも延長線上で観ると面白いんですよ。スピルバーグっていう人が何をやってきたかを。

 

:繋いでね。

 

鈴木:おまけに『インディー・ジョーンズ』のすごいところ。哲学も宗教もない。ここまでやるか!って。

 

押井:それは否定しないよ、全然。正攻法で一度向き直ってみようかなって思ったことと、歳をとったことはもちろん無縁じゃないよ。

 

鈴木:でも宮さんはわかんないよ。宮さんはわかんない。これ観てね、描いたものはともかくその描き方があるでしょ。この粘りはすごいでしょ?

 

押井:全部手描きでいくんだっていうその宣言は、僕が宮さんに会ったのは二年前くらいかな。「これからはもう一回、絵描きの手に取り戻すんだ」っていうさ。「コンピューターやってるやつなんか、みんなクビだ」って言ったの。

 

鈴木:そんなこと言ってないよ。宮さんだってわかってるんだから。手で描こうがコンピューターで描こうが、上手なものは上手なんだから。

 

男性:押井さん、今回の『スカイ・クロラ』で空のシーンはCGでやって、地上のシーンは2次元でやってますよね?こういう風な処理にしたっていうのは意図的にはわかりますけど、どういう狙いでっていうことはあるんですか?

 

押井:一つにはね、現実原則として、そうでしかあり得ないっていうのがあったの。あの戦闘機とかあの雲を動かそうっていう、そんな無謀なアニメーターいないよ。

 

鈴木:いなくなったの?

 

押井:いないよ、もう。誰が描くの?誰も描かないよ。そういう風にせざるを得ないじゃないの。せざるを得ないんだったら、そのことをむしろ演出上に取り込むしかないんだってさ。雲の上と下をはっきりと違う世界にするんだってさ。それしかないもん。だから雲の上にいる時は、キャラクターだってゴーグルしてマスクして邪悪な存在感を可能な限り。表情を見せないことによって。

 

鈴木:表情見せないんだけど、りっかん(?)はあるんだよね。

 

押井:セルのパイロットを乗っけることで、戦闘機には魂が入るんだもん。林くんがそれを見てて感心してたんだもん。「セルは妙に気持ちが入りますよね」ってさ。だから無理やりやったの。でもあれは二度と誰もやらないってば。あれはどんな手間暇かかかるかって考えたら、誰もやらないよ。

 

僕はさ、世の中の新聞の評とかでは、間違いなく宮さんはもう一回手描きの世界に回帰するんだって。美談としてさ持ち上がるに決まってるっていうさ。

 

それは違うんだよ。日本のアニメーションはとっくに手描きの世界では何も出来なくなってるんだよ。いまテレビで流れてるようなやつはいくらでも量産出来るよ。あるクオリティーを実現しようと思ったら、手描きの世界に依存したら何も出来ないよ。映画というスケールでは何も出来ない。それこそ10分20分の短編だったらともかくさ。宮さんだって、それがわかってないわけがないんだよ。

 

でも僕に言ったのは、それでもやるんだってさ。宮さんとジブリの世界の世界の中では、それはかろうじて実現したかもしれない。例えば、あのクラゲのシーンとかね、CGで見事な実写と見まごう様な美しいクラゲの群生のシーンをすることは可能かもしれないけど、あの手描きで描いた、あの雰囲気は絶対出ないよ。間違いなく。それは確かなんだよ。手技が持ってる良さっていうのは、、

 

鈴木:押井さんは前、「工芸品」って言い方をしてたんだよね。アニメーションもその一つだと。

 

押井:アニメーションは工芸品みたいなもんだってさ、僕もそう思うよ。僕に言わせれば、宮大工が作る見事な建築みたいなもんなんだってさ。宮大工一人が一人前になるには、どれだけよ人間が淘汰されて、どれだけの修行期間が必要だと思ってるんだってさ。

 

だから工芸品っていうのは、アニメーションでは絶対量産出来ないんですよ。それはそれもそろそろ限界に来てる。それは何故かっていったら、日本のアニメーションの手描きの世界を支えてきた、たぶん20人くらいの素晴らしいアニメーターたちが全員40を超えたんだよ。

 

鈴木:もう50だよ。

 

押井:もう50に近いかもしれない。本当に。40代後半くらいだもん、みんな。鉄っつん(西尾鉄也さん、Production I.G所属)といえども40超えてるんだから。それ考えたら、これから10年間で何が出来るんだろうってさ。

 

鈴木:じゃあそれに続く人は出てきてるのか。いないんですよね。

 

押井:宮大工の渡り職人の集団なんだよ。こっちで五重の塔を建てて、こちらで金堂を建て、渡り職人なんだよ。

 

鈴木:I.Gってそういう人育てたんじゃないの?

 

押井:育てたけどさ、あのクラスの人間は出てこなかったんだよ。

 

鈴木:だから上手くいくかどうかはわからないけどね、もう一回再チャレンジしようと思ってるんですよ。アニメーター新人募集して。

 

ーナレーションー

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

鈴木:こうやって振り返ってみるとね、例えば、僕とか押井さんが20代の時って、いわゆるアニメブームっていうのが始まろうとした時期で、そういうことでいうと、色んなスタジオの門を叩いて、この業界にやってくる人が多かった時代なんですよね。その中から実は色んな人が出てきた。これはあらゆる業種に共通してることなんですよ。

 

押井:一つあるのはね、昔はそういう人間たちが募集かけなくても、アニメスタジオにぞろぞろ集まってきたっていうさ。確かにその通りなんだけど、それは何故かっていったら、他に行き場がなかったからなんだよ。まさに僕がそうだよ。他に行くところがなかったんだもん。なんか映画らしいものを作りたいってさ。映画に関わりたいって思って、結局いろいろジタバタした挙句にアニメスタジオに辿り着いて、そこは意外にもやる気があれば何でもやれる世界だったってさ。それは言ってみれば、どんな優れた才能を持ってたとしても、そういう時代に巡り合うかどうかって大きいわけだよね。そういう人間が集まってたんだもん。たまたま。

 

だから逆にさ、今たぶん落ちるところまで一旦落ちて、クオリティーがガンガン下がっていってさ、そういう現状を見た上で何かやろうと思う人間が登場するまでは人為的な操作で何か出来るとは僕は思ってないの。

 

鈴木:歴史でいうと、普通はそうなんですよ。

 

押井:とはいえ、やっぱり事情があって自分自身も映画を作ろうと思う限りはさ、現状で可能な方法をどんな手でもいいから考えるわけ。セル画で出来ないとすれば、3DCGに賭けるしかないんだってさ。僕は元々絵描きでもなければ、一介の演出家に過ぎないんだから、何だってやる。

 

ーナレーションー

この続きは、ベネチアで。

 

第65回ベネチア国際映画祭コンペティションに参加。日本のアニメーションだけではなく、世界の映画の明日を作る『ポニョ』と『スカイ・クロラ』。是非あなたも劇場で目撃して下さい。

 

鈴木:押井さん、まだやるつもりなんだね。

 

押井:やるよ。何言ってるの。発明することで何とか監督足り得てきたんだから、今後も発明するしかないって。「なるほど、この手があったのか」っていうさ。こういうスタイルで映画作れるんだ、とかね。こういう作り方があったのか、とかさ。その繰り返しだもん。

 

鈴木:まあ今日は僕は嬉しいですよ。押井守健在。これで引退するかと思ってたけれど、どうもこの続きをやりそうだし。宮さんも67でやってるしね。おそらく70いくつになってもやるでしょう。みんな死ぬまで作って下さい(笑)

 

押井:あんたは何やるんだってさ。