2023年3月12日放送の「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」です。
https://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol778.mp3
鈴木麻実子(以下、麻美子)
じゃあ今日は『かぐや姫の物語』について。一つだけ言いたいのは、私『かぐや姫の物語』が一番好きなの。ジブリ作品の中で。エンディング終わった瞬間に超号泣して、あんなのジブリ映画で最初で最後。
鈴木敏夫(以下、敏夫)
女性映画だよね。
麻実子
月に帰るシーンが最高すぎない?
麻実子
私、あの音楽が好きすぎて。「天人の歌」だっけ?
キョウヘイ
ラテンっぽいというか、サンバっぽい感じの。
麻実子
そうそう。
敏夫
あれはね、久石さんが自由に作ったの。あれは「釈迦来迎図」っていうやつで昔の絵なのよ。その絵の中で一人一人楽器持っていて、その楽器を本当に鳴らしてみるとこうなるよ、っていうのが久石さんがやろうとしたことなの。
麻実子
そうなんだ!
敏夫
そう。高畑さんって厳しくて色んな注文があったんだけど、あれだけは手放しで褒めたの。
麻実子
あれが最高だった。あれが映画の全てくらい最高だった。
敏夫
音楽が良かったよね、あのシーンは。でもパパはさ、別の立場もあるじゃん?映画を楽しむっていうよりは、映画を作らなきゃいけない立場。ここからすると、あまり感動だけもしてられないんだよね。まあ色々あったよ。
『風立ちぬ』があったじゃない?『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』って、本当は同じ日に公開しようって考えたの。映画館は違うけれど。それで進めてたの。
なんでかっていうと、高畑さんと宮崎さんって、片方は先生だし片方は弟子だし、会社の中では同僚だし、個人的には友人。色んな関係があるんで、その二人がそれぞれ映画を作って、頑張るっていうのは結構話題になるかなって。そういうことを考えたのよ。
ところがギッチョンチョン。高畑さんが怒り出しちゃってね。
キョウヘイ
何でなんですか?
敏夫
「二人を煽ろうと言うんですか?」って。「そんな話には僕は乗りたくない」とか言い出してね。「作ったんだから、色んな人に観てもらった方がいいと思うから、僕はそういう風にしようと思うんですけどね」とか言ってたんだけどさ、なかなか上手くいかなくて。高畑さんは作る方は本当良いものを作るんですけど、色んな人に観てもらう努力。そちらはあまりする人じゃなかったんで。
でもたぶん高畑さんの中で最高傑作。それは認めるよ。
麻実子
『火垂るの墓』を超えたよね。
敏夫
うん。でも『かぐや姫の物語』を作ろうって言ったのは、パパなのよ。宮崎さんは自分からあれ作りたいこれ作りたいって、いっぱい言う人なの。
一方、高畑さんは絶対言わない人なのよ。でも変な言い方をする人で。あれ作りたいこれ作りたいって言ってくれると話わかりやすいじゃん?ところが高畑さんっていう人は、「かぐや姫は誰かが作るべきですよ」って。誰かが作るべきってどういう意味なんだろうって(笑)
高畑さんは『となりの山田くん』以降、あまり作ってなかったんで、どうしてもやろうっていうことになったとき、何をやればいいか?って言われたから、「『かぐや姫』やりましょう」って言ったの。なんでかっていったら、『かぐや姫』って日本最古の物語。それは日本の歴史の中で大事なことで、それを誰もやらないっていうのは良くない、とか言っちゃってね。それはパパもそう思ってたから。「誰かがやるべきですよね、って高畑さん言ってましたよね?」って言ったら「確かにそう言いました」って言うから、「高畑さんがその誰かになったらどうですか?」って。「いや、僕は誰かになるつもりはありませんよ」とか言っちゃってね(笑)でも最終的にはやってくれることになったんだけどね。
◇◇◇
麻実子
パパのコピーがすごく良かったじゃん。
敏夫
「姫の犯した罪と罰」。
これを高畑さん怒っちゃったのよ。高畑さんの話を聞いてたら、やろうとしてるのは「罪と罰」だなと思ったの。宣伝もそうすれば、企画と宣伝が一致するっていうのはすごい良いことだから。そうしたら高畑さんに「それをやろうとして上手くいかなかったから、やめたんですよ」って言われたんだよね(笑)「だからやめてください」って言われてね。
「姫の犯した罪と罰」。なんか観たくなるじゃない?自分としては満足だったんだけど、高畑さんがそこまで言うんだったら、と思って。それでもう一案考えたの。「清く、正しく、美しく」っていう言葉あるじゃないですか。あれのパロディを考えましたね。考えたんだけど、これじゃあインパクトに欠けるなって思ってね。高畑さんは「これでいいじゃないですか」って言うのよ。なんでかっていうと「これだったら作品の邪魔をしない」って言われて。
それは高畑さんを説得したんですよ。どう説得したかっていうと「やろうとしたけど出来なかった、だからそれは良くないっていう気持ちはわかりました。ただ色んな人の評判が良い。だからそれは宣伝として使わせていただけないか」って。それで高畑さんに色々交渉したんですよ。そうしたら高畑さんが、「いいですよ。勝手にやってください」って。所詮、作るのと宣伝ってどこかでバッティングするんですよね。
ところが高畑さんは、それにこだわり始めちゃったんですよね。こんなことを言ってると、内輪揉めを話してるみたいだけど(笑)やっぱり高畑さんがジブリで色んな作品を作ってくれたっていうのは、紛れもなくジブリっていう会社が色んなところへ出て行く時に大きかったんですよ。宮崎駿だって高畑さんがいたから、自由に振る舞えたっていうところもあったと思うので。
麻実子
じゃあそろそろみんなの意見も聞いてみようか。じゃあまず、現場にいるキョウヘイさん。
キョウヘイ
僕もこの『かぐや姫の物語』がものすごく好きで。今日めちゃめちゃ楽しみにしてました。僕も改めて観させていただいて、子どもの頃って教科書だったりとか、日本昔ばなし的な絵本の中で『竹取物語』を見ていたなと思っていて。時代背景とか歴史的な話としては理解出来てたんですけど、スタジオジブリが作られて、古典なんですけど物語を動かす力によって、現代の話でもあるし、出てくる人がみんな小賢しいというか、人間の性みたいなのも見られて、かぐや姫自体も迷いながら、生きるっていうことを端的に感じたなって思っていたんですよね。
日本の古典をちゃんと作るっていうときに、スタジオジブリとしても初めての試みだったと思うんですけど、古典に対してこう作ろう、ああ作ろうみたいなところって、鈴木さんとか高畑さんとかスタッフの方って議論されたんですか?
敏夫
それはそうでもないよね。大体骨格が決まってきたときに僕がポツンと高畑さんにあることを言ってみたら、これはすごい高畑さんが納得したの。「高畑さん、面白いですよね。」「何がですか?」「『ハイジ』に戻りましたよね」って言ったの。『ハイジ』って、アルムの山で子供時代生き生きでしょ?ところが都へ出てきたら、全く元気を失うわけでしょ?その構造って『かぐや姫』と全く同じじゃない?そうしたら高畑さんがね、「気がつかなかった!」とか、「それは鈴木さんが正しい」とかなんか言ってね。ちょっと考えればすぐわかると思うんだけど(笑)高畑さんはやっぱりそのテーマが好きなんだなって思ったことがものすごく大きいね。
古典がどうしたとか、それはそんなに深く考えたわけじゃないんだけど、高畑さんと一緒にやっているうちに高畑さんは作品ごとに何かを大幅に変えるとか難しくて。高畑さんがやったのは何かっていうと、本物の姫っていうのはどういう子だったんだろうって。それが一種『ハイジ』なんだよね。
簡単にいうと、本当の話があるじゃない?本当の話って後で物語になるじゃない?その物語になる前のドキュメンタリー、それを作るみたいな気分。そういう話をしたんですよ。高畑さんとは。だから『かぐや姫』っていうのは最終的には物語になったんだけれど、元は一人の女の子のドキュメント、ノンフィクション。そういうものと捉えるとわかりやすくなる。
諸般の理由によって、月からやってくるわけじゃない?その女の子がたまさか地球を選んで、しかも日本に来て、それで山の暮らしと都の暮らしが大きく違っていたわけで。そのときに周りの人、例えば、あのお爺ちゃんだって考えてたのは、都の方が幸せになれると思ってたわけでしょ?あれは面白かったよね。ところが、そうじゃない。
そこら辺も含めていうと、僕は先祖返りだなって思ったんですよ。この『かぐや姫の物語』って。つまり、何回も繰り返すけれど、『ハイジ』。そう思ってました。
◇◇◇
小崎
かぐや姫が捨丸と再会するシーンあるじゃないですか?捨丸がキジか何かを盗んで。一瞬考えて、結局車に戻るっていうシーンがすごい印象的で。あそこでかぐや姫の中で葛藤して、翁のこととか考えたりとか、今のことだけを考えて田舎に戻りたい。だけど結局車に戻っちゃうっていうあのシーンがすごい印象的でしたね。
キョウヘイ
意外と尺も長かったですよね。心の葛藤みたいなところの。
敏夫
最後の二人が空を飛んでいったのは、どうなんですか?
キョウヘイ
最後抱きしめ合って、消えるやつですよね?
敏夫
捨丸には奥さんがいたんでしょ?子供も。姫とあれは何をしてたの?
キョウヘイ
でもあれはそういうことなのかなって、、、
小崎
え、あれって、、、
敏夫
そうなんだよ。エッチしてるんだよ。あれ。
小崎
あれ最後に子供が出てきますよね?
敏夫
それは、、、そういうことかな?そこまでは考えてなかったけど。
キョウヘイ
あれはかぐや姫の子供なのかなって。
敏夫
そういうところは高畑さんって、面白い人なんですよ。それは宮さんにはない。子供のものとしては描かない。そういう男女の営みもちゃんとやりようによっては出来る。大人のアニメーションをやろうとした人。だってかぐや姫、捨丸のところに来ちゃうわけでしょ?無茶苦茶だよね。そうやって考えると面白いでしょ?そこら辺で「罪と罰」も見えてくるはずなんだけどね。
小崎
恐ろしいな、それ(笑)
敏夫
高畑さんはそういう意味でいうと、奥深いものをやってるんですよ。もう少し現実に即したこと。
麻実子
そういう意味だったんだ。私はあれ観て「不倫じゃん」って、ちょっとそこは引っかかったよね。でもそれが高畑さんなんだね。
敏夫
そう。大人のお話をやる人なのよ。だからそこら辺がアピールしたんじゃないかな。お婆ちゃんの声をやった宮本信子っていう人が、とにかく絶賛。試写が終わった後、「鈴木さん、これは日本の宝ですよ」って言い出して。すごい参加出来たことを喜んで。それは覚えてますね。
麻実子
たしかに翁が変わっていっちゃうのとかも、現実的だったもんね。
敏夫
そう。現実的なのよ。高畑さんって、あんまり絵空事って好きじゃないのよ。そういう気がするよ。
麻実子
はい、ありがとう。じゃあ次、竹森さんお願いします。
竹森
私は『かぐや姫』を振り返ったときに、一番最初に思い浮かんだのは、かぐや姫が屋敷から飛び出して、山に走って行くっていうシーンが一番最初に思い浮かんだんで、個人的にはあのシーンが脳裏に焼き付いていて。あのシーンがあるかないかで映画自体の印象も変わっちゃうんじゃないかなっていうくらいに思ってるんですけども。
個人的にあの映画の山場くらいに思ってたのが、今回映画を見返してみたら、映画が2時間17分あって、このシーンって51分くらいのシーンで、だいぶ前半に来てるんだなって勝手に驚きまして。
で、鈴木さんにお訊きしてみたいなと思ったのが、こういう印象がすごく残ってしまうシーンって、取り扱いが私のように浅はかに映画を観ていると、そこだけに囚われちゃう気がして。
敏夫
いや、いいんじゃないの?ああいうものを描けるアニメーターがいたんですよ。
竹森
橋本さんでしたっけ?
敏夫
そう。橋本晋治。彼がいなきゃあのシーンも生まれてない可能性があるの。あの疾走ってすごいでしょ?君はそういうことがわかるかどうか。「安珍・清姫」って知ってますか?
竹森
いや、わからないです。
敏夫
古い物語なの。「安珍・清姫」って坊主とお姫様の話なのよ。二人が愛し合っちゃうっていうやつなんだけど、そのエピソードをせっかくこの時代をやるんなら、あの中に入れ込みたかったわけ。それでああいうシーンを高畑さんは設定したんですよ。激しい子でしょ?かぐや姫って。それこそ形相も変わっていくじゃない?それは高畑さんはやりたくてしょうがなくて。あれは本当に高畑さんは満足したと思いますよ。ああいうシーンが出来たのは。
それと同時にああいうのをいくら考えたって描ける人がいなきゃやれないから。それでいうと、橋本晋治は本当に上手い男だから。僕も親しいんですけど、すごい男です。
竹森
鈴木さんはあのシーンを予告に使われたと思うんですけど、さっきのコピーの話もそうなんですけど、私の勝手な高畑さんのイメージだと、このシーンを予告に使ったらすごく怒るんじゃないかって。
敏夫
いやいや。あれはむしろ喜んでた。
竹森
あ、そうなんですか?
敏夫
そう。走って行くところって一言でいうと、衝動だと思うの。そういうものは高畑さん大好きなのよ。それによって全体の物語がわかるとか、そういうわけじゃないじゃない?人間にはこういう部分があるんだよっていうやつだから。そうやって考えたら面白いでしょ?だから人間の激しさだよね。
だって色んなことに囚われて、ああいうことが出来ないのが現代の人間じゃない?そういうことでいうと、高畑さん自身が激しい人だったから。ある意味宮崎駿より圧倒的に激しい人なんですよ。
実は高畑さん、本当にやりたかったのは僕は色んなところで話してきたんだけれど、『平家物語』っていうやつなんですよ。これはやりたくてしょうがないんですよ。それがついに成し遂げることなく死んじゃうんだけれど、これもなんでやりたいかっていったら、『平家物語』って一口で言っても色んなエピソードが入ってるわけ。やりたかったのは木曽義仲の話なんだよね。
端的なことだけいうと、木曽義仲って三日天下って言われたの。つまり、京都を支配したのはたった三日。それはちょっと大袈裟なんだけど、そういう言われ方をされてて。この義仲の恋人っていうのがいたの。この恋人が巴御前っていう人で。その巴御前っていうのはその『平家物語』の中でも有名なんだけれど、男装なんですよ。恋人だけれど。戦場にも自分が出て行くわけ。
ところが最後の最後、義仲はいよいよもうダメだってわかる。ダメだとわかった時に巴御前を呼ぶわけ。そしていきなり言うわけ。「お前はそうやって身を男にしているけれど、結局は女だ。お前が側にいたんでは俺の生涯の名折れ。だからここで別れよう」って。そうすると、その巴御前っていうのがなかなかすごい人なんですよ。一切抵抗しないで「わかった」って。
ちょっと正確な話は忘れちゃったんだけれど、最後、木曽義仲って500騎くらいの手勢なんですよ。その500騎のうち450くらいを巴御前にくっつけるわけ。それで自分はその残った50騎だったか、もっと少なかった気もするけれど、俺はこれと行くんだと。もう死を覚悟してるんですよ。それで巴御前に「ここで別れよう」って。それで一切、木曽義仲に対して文句を言うわけでもなく、その450騎を連れてその場を去るわけ。
ところがその後、源氏との戦いが待ってるわけ。源氏がいた人数は万。その万の中へ450騎連れて突っ込んでいく。これ何ですか?この彼女の気持ちは。竹森くん。
竹森
特攻?
敏夫
特攻じゃありません。違うよ。何で突っ込むの?万いるところに向かって。
(了)