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「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」と「Life Update」の文字起こしをやっています。

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:日本大学芸術学部での鈴木さんの講演会の模様です。

2015年2月24日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol356.mp3

 

ーナレーションー

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は去年、日本大学芸術学部で行われた鈴木さんの講演会の模様をお送りします。

 

この講演は、博報堂の藤巻さんのご息女が、この大学に在学中ということで実現しました。

 

司会進行は、日本大学芸術学部映画学科の古賀太教授です。

 

 

鈴木:学生の頃は、アルバイトばかりしていましたね。全部で20何種類。明治神宮でお団子を作るバイトもしましたね。学校の中でウロウロしていたら、バイト先のあるお父さんが「鈴木くん。どうするんだ?」っていうから「どうしたらいいんですかね?」って。そのバイト先で変なことをしていたんです。子供調査研究所っていうのがあって、子供たちを集めて座談会をやるんです。これは厳密にいうと電通博報堂の仕事なんです。例えば、ロッテが新しいアイスクリームを出すっていうときに、5、6人の子供に食べさせて、その味についての調査をするんです。僕もそのときに初めて知ったんですけど、毎年アイスクリームって甘さを少しずつ減らしてきた歴史があるんです。当時なんですけど。

 

古賀:へー。

 

鈴木:その減らし方をどのくらいにするかっていうことがテーマで子供たちに話を聞いていて、その調査報告書を原稿にまとめないといけない。これが結構ギャラがよくて。400字1枚1000円でしたから。いっぱい書いちゃおうと思って。10枚書いたら1万円でしょ?僕らが会社に入った頃、新入社員の給料って3万円でしたから。そこのお父さんが「鈴木くん、文章書いたりまとめるの上手いから、そういうところ行ったらどうだ?」って言うわけですよ。僕は出版社なんて興味なかったんですよ。だけれど「自分の得意なことを活かす」。これがポイントだと思ったんですよ。それで読売新聞とか受けたんですね。

 

古賀:へー。

 

鈴木:学生時代だからこういうことがありました。受験会場にすごい可愛い子がいたんですよね。試験の最中にその子と抜け出して、試験を受けなかったりね。

 

(会場、笑い)

 

鈴木:青春ってそういうもんじゃないですか!で、こんなことやっていたらいけないな、と思う。あとはスポーツニッポンかな。ここは最終面接まで行ったんですけど、当時カノウツカオっていう人が社長で、人の面接に失礼だったんですよ。太ってたからズボンをずり下げていて、パンツが見えてるんですよ。それも青春の1ページだと思って皆さんに披露しますけど、「あのー社長。人が一生を決めるこの大事な場所でパンツが見えるっていうのは何ですか。」って。そうしたら怒っちゃってね(笑)

 

(会場、笑い)

 

鈴木:若かったんですね。で、やっていったら徳間書店というところが採用してくれた。出版社受けたのこの一社だけだったんですよね。徳間書店受けるときも、特に受けたいわけじゃないんです。そうした志望の理由は?なんて訊かれるでしょ?僕嘘つくの嫌だったんで、「やってみたら面白いと思ったんですよ。」って言って黙ってたら訊かれたんです。「お前今までどういう週刊誌読んできたんだ?」って。そういうときに言っちゃいましたね。「読んだことありません。」本当に読んだことなかったんですよ。そういうのが今に通用するのかわかりませんけど。やってるうちにアニメーション雑誌をやることになって、それで宮崎駿と出会って今日を迎えると。

 

古賀:ありがとうございます。

 

鈴木:非常に端折りました!

 

(会場、笑い )

 

古賀:最初、週刊アサヒ芸能という雑誌をやられていて、それからアニメ雑誌徳間書店が立ち上げて、アニメージュという雑誌創刊のときに引っ張られていった。その時に鈴木さんにとってアニメってどういうものですか?

 

鈴木:何にも興味なかったですね。

 

古賀:全く?

 

鈴木:本当に。僕の先輩で尾形っていう人がいたんですよ。このおじさんが面白い人で、この人がアニメーション雑誌を企画するんですけど、テレビで宇宙戦艦ヤマトっていうのがやってたんですよ。これがすごい人気で。

 

古賀:そうですね。

 

鈴木:尾形っていう人の息子さんが18か19で、宇宙戦艦ヤマトの大ファン。この方は自分の息子がヤマトのファンだからヤマトの本を作りたくなるんですよ。理由はそれだけ。それが売れるとか売れないとか何にも考えないんです。自分の息子がヤマトのファンであるがために、ある人がヤマトの本を作らされるんですけど、それが50万部売れたのかな。あの人は面白いことにすぐ飛びつく人、であると同時に良いお父さんだったんでしょうね。

 

古賀:なるほど。

 

鈴木:で、息子はアニメファンでもあるから、アニメーション雑誌を企画するんです。それを企画したのが77年の暮れでしたね。あるアニメーションの研究グループを呼んで、毎日のように僕の横で企画会議やってるんです。自分の息子のためだから、毎日頑張るんですね。すごいなと思って見ていて、そのうち聞こえてきたんです。タイトルは「アニメージュ」って。僕はそのタイトルに感心しました。アニメーションっていう英語とフランス語のイマージュを一緒にしたんです。で、発売日が5月28日に決まったんです。それでゴールデンウィークの直前、尾形さんに呼びつけられるんです。「アニメージュ、やってくんないかな?」って言うんですよ。4月の末で5月28日に本を出すっていうのは、実作業は2週間なんです。本が出来てから世の中の本屋さんに行くまでに2週間くらいかかりますから。その2週間で作ってくれっていうんです。僕びっくりして、「ずっと一緒にやってきた人どうしたんですか?」ってきいたら「喧嘩しちゃって、クビにした。」って言うんですよ。「な?敏ちゃん。頼むよ。」って3時間くらい説得されました。それで「どういうもの作るんですか?」「ウチの息子が見るから、頭の良い子が読む本にしてくれよ。」

 

古賀:(笑)  

 

鈴木:本当にびっくりしちゃって。それで本を作るときって予め見本を作るんですよ。それあるんですか?ってきくと「いや、ない」って言うんですよ。「何にもやってないんですか?」っていったら「何にもやってないんだよ。」っていう。「何となくイメージはあるでしょ?」「そりゃあ敏夫くん、高級な本だよ」って。

 

(会場、笑い)

 

鈴木:「どうしてですか?」ってきくと「ウチの息子が読むからだ。」ってそればっかなんですよ(笑)これ後になると、僕の人生に影響与えるんですよね。つまり、仕事は公私混同で良いっていう。

 

古賀:素晴らしいですね。  

 

鈴木:それで尾形さんが「俺もこの間色んな子と知り合って、アニメファンの高校生の女の子が3人いる。その子達を紹介する。」っていうんで、しょうがなく次の日にその子達に来てもらって朝から晩までアニメーションのこと聞いたんです。それで大体わかったんですよね。そして2日目に内容を決めて、本のページ数、値段。次々と打ち合わせをしなきゃいけなくて、むちゃくちゃ忙しかったんです。3日目には編集部員を選んで、取材期間は1週間しかなかったです。そんなこんなでやってみた本がなぜかたった3日間で全部売り切れたというね(笑)そのぐらいアニメーション雑誌がみんなにとって待望の本だったんですね。

 

そうやってやっていく中で、忙しいから簡単にできるページを作ろう、って思ったんです。そこは自分で担当することにしたんです。で、簡単に出来るページとして、アンコールアニメーション。要するに良い過去の名作を紹介しよう、と。それで女子高生が教えてくれた中に「太陽の王子 ホルスの大冒険」っていうのがあったんですよ。

 

□□□

 

古賀:いま邦画で製作委員会ってありますけど、確か電通の田中さんって方が教えてくれたんですけど、それを考えだしたのが鈴木さんなんですよ、と。

 

鈴木:正確ではないです。

 

古賀:正確ではない?

 

鈴木:色んな企業が連合軍を組むと、それぞれの会社が色々な機能を持ってるじゃないですか?例えば、テレビ会社だったらテレビ。代理店だったらクライアント。そういう出版社だの映画会社だの代理店だのテレビ会社が組めば、それぞれのメディアを持ってますから。それによって一本の映画を大きくすることが出来るっていうもとが、今の製作委員会なんです。それを何となく求めてたのが徳間康快だったんですね。

 

古賀:ああ。

 

鈴木:製作委員会とかそういうことは当時考えてなくて、博報堂さんが乗ってくれればやるんじゃないか。それで徳間社長がそれを聞いた瞬間即決ですからね。そこの会長さんと徳間が親しかったということもあるんでしょう。代理店と出版社が一緒になって映画を作ることに「面白い!」ってなったわけです。それに名前をつけなきゃいけなくって、製作委員会という名前を作ったのは確かに僕なんですよね。

 

古賀:でも今やあらゆる邦画がその方式に従ってますね。  

 

鈴木:そろそろ終わりなんじゃないかって気がするんですけど(笑)

 

古賀:「風の谷のナウシカ」が1984年。そこから30年映画プロデューサーをなさって、高畑監督、宮崎監督とずっとお付き合いになってきたわけですけど、二人の天才を前にして、製作の仕事やキャッチコピーを作られたりされてきてどうでしたか?

 

鈴木:ヒットメーカーっていうレッテルを貼られてますけども、会社って自分でやってよくわかったんですけど、月にかかる経費っていうのが毎月高くなってくるんですよ。一本の映画を作る製作費がどんどん高騰していくんです。映画だけ作っていたいなってずっと思っていたんですけど、中々そういうわけにはいかないんですよ。そこで働いている人や会社の建物をどこに作るか、とか毎月お金が余分にかかるようになるんですよ。

 

普通会社というのは、それを解消するために他の事業をやったりするんですね。映画会社だったら一本の映画を一年二年で作ってたものを、一度に二本作るとか。で、気がつくと一回に十本くらい作るような会社になって、大変な目にあうんですよ。そういうのはわかってたんですけど、僕らは映画会社であることを最後まで諦めない。そしてその作るのを一本に集中することを維持するのが、僕らにとって大事なことだったんです。

 

じゃあ、ヒット作をどうやって作ったらいいのか。これも本当のこというと、わかんないです。

 

古賀︰わかりませんか?

 

鈴木︰わかりませんよ。作ろうってときは何か面白そうだなって思ってやるわけです。その過程でどこかで、世の中の人に向かってどうやって宣伝していくかというのがある。

 

古賀︰それは後から?  

 

鈴木︰後から考えます。その前に前提の話をしたいと思います。製作委員会とは何なのか。

 

例えば、徳間書店というところで僕は映画を作り続けたんですけど、徳間グループというのがあって、出版を中心に映画会社とか音楽会社とか色々やってたんです。それ全部集めると、1600人になる。一家族三人だとすると、4800人。つまり、徳間書店で映画を作れば、5000くらいは観てくれるなって(笑)

 

古賀︰(笑)

 

鈴木︰本当にそう考えたんです。でも博報堂さんが入ってたでしょ?博報堂は当時8000人くらいですかね?8000人だとしたら、3倍すれば2万4000人。徳間書店と足すと3万人。いいですか?皆さん算数出来ますか?  

 

古賀︰そのぐらいであれば(笑)

 

鈴木日本テレビっていうところとヒョンなきっかけで一緒にやることになるんですけど、日本テレビが本体で2000人くらい。グループを入れると3000〜4000人の会社だったんですが、日本全国にネット局というのがあるんです。そのネット局って43もあるんです。そこに社員って何人いるんですかね?さっきの本体と合わせると1万5000人になるんです。そうすると、6万5000人なんです。

 

で、途中からローソンというところと一緒にやることになる。ローソンは全国に当時で8500。一つの店舗で何人の方が働いているか。少なく見積もって5人だとすると、5人×8000=4万。これで10万人超えるんですよ。これに家族を入れると、30万になるんです。

 

で、読売新聞さんとも組んだんですよ。  

 

(会場、笑い)

 

鈴木︰読売新聞さんって、全国に新聞販売店いくつあるか?6000軒なんです。一つの新聞販売店で何人の方が働いてるかというと、10何人。それに6000をかけて、家族を足したらってことなんです。わかります?どんどん増えていくんですよ。

 

それからディズニーさんもいますし、東宝さんもいる。つまり、製作委員会をやるってことは、いま挙げていった人たちが製作委員会の仲間だってことになるんです。それが末端まで浸透しているかはともかく、ウン十万人の人がやるってことになるんです。同時にその人たちが観客になってくれる。

 

僕がやってきたことの一番大事なことは、そのうん十月の人たちに、どうやって一人ひとり仕事のテーマを出すかです。例えば、ローソンだと今回の「思い出のマーニー」でいうと、どの店舗でもマーニーのポスターが貼られました。とすると、少なくとも1万2000人の方がそのポスターを貼ったんです。そうしたら気になるでしょ?「思い出のマーニー」っていう作品が。全員が行ってくれるとは限りませんが、前だとそういう人たちはみんな行ってくれた。

 

以前に郵便局とネットワークを組んだことがあって、郵便局って全国に2万4000もあるんですよ。

 

古賀︰(笑)

 

鈴木︰すごいでしょ?一人だけでも2万4000。3人としたって7万。家族を入れたら20万になるんです。これって映画だけじゃなくて色んな仕事に当てはまると思うんですけれど、自分の仲間を増やしていくことが、成功の秘訣なんじゃないかなって気がしてるんです。

 

古賀︰同時に製作委員会に入られた仲間たちに、仲間だから仕事しろというか、、

 

鈴木︰仲間の印に仕事をやっていただくわけですよ。レンパン状みたいなもんですよね。本当のこというと、そのウン十万人の人たちの名前をクレジットに載せたいくらいなんです。

 

さっき日本テレビでネット局43あると言いましたが、具体的な例を出すと、各局で試写会を開いていただくんです。そうするとテレビで告知をするじゃないですか?スポットがバンバン出てくる。これが凄く大きい。

 

と同時に試写会にやるにあたって、藤巻さんなんかがいつも頑張って探してくれるスポンサーの方がいて、その方たちと地方の方と組んでいただくんです。そうすると、そこでバラバラだった人たちが交流を持ったりするわけです。それによって輪が広がっていく。つまり、一つの作品に関わる人を増やすっていうことがたぶん基礎数字なんじゃないかなって思っています。

 

何のためにそんなことをするのかって言ったら、さっきも言いましたが、製作費がどんどん上がっている。僕は凄い儲けて云々っていう考えではないんです。トントンでいいと思ってるんです。そうすれば、次が作れるから。

 

要するに、それで大きな赤字を作っちゃうと、次が作れません。ここが一番大事なところなんですね。気がついたらそうやってやってました。いつのまにか。

 

というのは、何もわかっていない人に訴えかけるのは難しいんですよ。それよりも仲間になってもらって、同時にその人たちに映画を観てもらう。こっちの方がわかりやすいと思ったんです。それが一番大きいことでした。

 

千と千尋の神隠し」のときも、諸般の事情がありまして、ヒットしなかったら回収出来なかったんですよ。これが大きい理由なんです。

 

ーナレーションー

 

日本大学芸術学部映画学科の大学生を前にしての、鈴木さんの出版社時代、製作委員会の仕組みについてのお話、いかがでしたでしょうか?

 

来週は、鈴木敏夫が語る菅原文太特集です。お楽しみに。

 

 

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:ウェアラブル携帯からインプラント携帯へ、携帯事情の最前線!(後編)

2015年2月23日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

 

音源

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol355.mp3

 

ーナレーションー

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

先週、東京で第一回ウェアラブルEXPO「装着型デバイス技術展」が開催され、世界中からウェアラブル技術関係者が集まりました。

 

ウェアラブル市場は、2018年に現在の6.5倍にあたる1兆2000億円市場に急拡大すると予想され、期待されています。

 

ジブリ汗まみれでは、去年の9月7日にウェアラブル携帯からインプラント携帯へ。携帯事情の最前線!と題し、さらに先を見越した近未来の社会について取り上げましたが、今週はその時に時間の関係で放送できなかった後編をお送りします。

 

講師に、携帯事情に詳しい堅田先生を迎えて、日本テレビの依田謙一さんと鈴木さんの三人でお送りします。

 

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鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:ウェアラブル携帯からインプラント携帯へ、携帯事情の最前線!(前編)

2014年9月22日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

 

ラジオ音源

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol336.mp3

 

鈴木:今日はねウェアラブルについて。依田っちウェアラブルって知ってるの?

 

依田:何か最近よく聞きますよね。グーグルグラスとかああいう類のものも、そういうものになるんですか?

 

堅田:そうですね。

 

鈴木:グラス以外にも?

 

堅田:はい。

 

依田:例えば、今出てるもので代表的なものって、どういうものなんですか?

 

堅田:腕まわりが結構きてますけど。

 

鈴木:腕なんだ?

 

堅田:腕ですね。時計とか。去年結構ヒットしたって言われてるのが、ナイキが出したフューエルバンドっていうのがあって。活動量っていうやつを測るんですよ。どれぐらい動いているか。カロリーも測れるんですけど、カロリーだとあまり面白くないから、ナイキがそれを面白くして、フューエルっていう独自の単位を作って。一日2000フューエルいったらすごいよ、みたいにゲーム化したんですよね。基本的には活動量ですけど。

 

鈴木:万歩計じゃないの?(笑)

 

堅田:一言でいうと万歩計です。

 

鈴木:一言でいうと万歩計だよね?

 

堅田:足だけじゃなくて手の動きでも数えられるんで。

 

鈴木:腰に巻いてたやつを腕に巻いただけでしょ?

 

堅田:そうです。

 

鈴木:大したもんじゃないね。

 

堅田:ナイキなんでそれなりにカッコいいんですよね。

 

鈴木:ああ、なるほど。

 

堅田:それが結構流行って。ナイキさんのすごいところなんですけど、スポーツ選手に付けさせたんです。テニスのトッププレイヤーとか。そういう人たちに付けさせたら、カッコいいよ!っていうので空前の大ヒットしたんですよ。

 

鈴木:それは去年?

 

堅田:去年ですね。で、これでイケそうだっていうことで健康系のフィットフィットっていうカロリーとか測ったりするやつ。あとはジョウボーンっていう元々はスピーカーのメーカーだったんですけど、そこがノウハウを持っていて、同じく手に巻いて活動量を測ってみたいな。それをログとして残すんですよ。今日は活動した、今日はイマイチだった、みたいに。過去こういう運動してきたなーっていうのを残すっていう活動量計測がすごい一時期流行ってました。

 

ーナレーションー

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は「ウェアラブル携帯から、インプラント携帯へ、携帯事情の最前線!」と題し、講師に携帯事情に詳しい堅田先生を迎えてお送りします。

 

聞き手は、日本テレビの依田謙一さんと鈴木さんです。

 

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鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:『思い出のマーニー×種田陽平展』との連動キャンペーン『au loves ジブリ』のトークセッションの模様です。

 この回は、2014年8月2日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

 

ラジオ音源です。

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol330.mp3

 

ーナレーションー

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は、本日27日から江戸東京博物館で開催されている『思い出のマーニー×種田陽平展』との連動キャンペーン『au loves ジブリ』についてのトークセッションの模様をお送りします。

 

出演は、KDDI株式会社代表取締役執行役員専務・高橋誠さんと、スタジオジブリ代表取締役プロデューサーの鈴木さんです。  

 

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鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:"第一線で活躍する人から学ぶ講座"の模様の回。

2014年8月2日配信のポッドキャストです。

 

ラジオ音源です

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol328.mp3

 

アキモト:アキモトです。いつもラジオを聴いてます。

 

鈴木:ありがとうございます!君の声を使いましょう!

 

アキモト:あ、ありがとうございます!

 

何とかなる、ということを言われてるじゃないですか。こういう人間は成功するとか、格言みたいな決まりがないからそう言われてるんですか?

 

鈴木:僕あんまり成功とか失敗って考えたことないんですよね。挫折は?とか。これも僕わかんないんですよ。いくら考えたってわかんないもん。

 

人の生き方って2つしかなくて、目標をもってそれに到達すべく努力する、っていう生き方は目標があるわけじゃない?その目標に到達できたら成功とかそういうことになるんだろうけど、もう1つの生き方っていうのは、目の前のことを一生懸命やってたら、自分でも思わなかった未来が広がったっていうそういう生き方もあると思うんですよ。

 

そうすると、前者なのか後者なのか。僕なんかはたぶん後者に属するんですよ。映画作りたかったのかって言われると、自分でも悩んだり。プロデューサーになりたかったんですか?って言われたら、何かやってるうちに知らない間にそうなっちゃったなあとかね、成り行きの人生なんですよ、僕。

 

そういうことでいうと、いつもその瞬間、自分が充実してればいい、みたいな考え方はあって。それを一生懸命やったけれど、結果はどっちかというと、そういうこともあるんだなぁで過ごしてきたんだよね。

 

だから、あんまり成功だとか失敗だとかあんまり考えないっていうのか、自分が判断すればいい。ということじゃないかな、って僕はしてるんですよ。 

 

アキモト:わかりました。ありがとうございます。

 

 

ーナレーションー 

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は、日テレ学院で行われた"第一線で活躍する人から学ぶ講座"の模様をお送りします。

 

講師に招かれたのは、スタジオジブリ代表取締役プロデューサーの鈴木敏夫。司会進行は日テレ学院石川牧子学院長です。

 

まずは、こんなお話から。

 

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鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」を記念してお送りします。

2014年6月27日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

 

・ラジオ音源です

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol323.mp3

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」。

 

今夜は岩波書店より発売されたばかりの本『仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場』を記念してお送りします。

 

新版は2008年に刊行されたものに、新たに近年の鈴木さんの仕事をインタビューして書き足したものです。

 

新しい章のタイトルは「こつこつ努力することで開ける未来がある」。

 

今夜は、そのインタビューの一部をお届けします。インタビューは、井上一夫さんと岩波書店の古川義子さんです。

 

まずは、宮崎監督についてのこんなお話から。

 

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鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:住吉美紀×鈴木敏夫 映画「風立ちぬ」の試写前に行われたトークイベントの模様です。

2013年8月23日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

 

ラジオ音源です

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol281.mp3

 

住吉:こんばんは。皆さんようこそいらっしゃいました。住吉美紀と申します。よろしくお願い致します。

(拍手)

住吉:今日はですね、宮崎駿監督最新作「風立ちぬ」の試写会です。もうこちらはお待ちかね、ずっと観たくて観たくて待っていたという方々がご応募していると思います。なんと五千通の応募をいただいている中からの皆さんですので。本当にラッキーです。あら?ザワザワしてる。凄いって感じしてきた?

 

ーナレーションー

 

7月11日、真っ青な空が眩しい夏日の夕方、汐留で番組初の試写会が行われました。

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」。

 

今週は映画「風立ちぬ」の試写会前に行われた、鈴木さんとフリーアナウンサー住吉美紀さんのトークイベントの模様をお送りします。

 

住吉:二人とも今日は和装で。

鈴木:彼女が浴衣を着ていらっしゃるというのを、事前にききまして。僕も何とかしなきゃと思って(笑)これトトロがついてるやつなんですよ。

住吉:カワイイですよね。

鈴木:着てきました。

住吉:どうぞお掛けください。

鈴木:それもさることながら、ここって凄い懐かしい場所で。

住吉:ええ、ええ。

鈴木:どういうことかというと、かつて徳間書店っていうのがここにあったんですよ。

住吉:このビルだった?

鈴木:そう。それでこの場所で社員総会っていうのをやってましてね。

住吉:えー!(笑)

鈴木:その社員総会で僕みんなの前で社長のあとで色々喋んなきゃいけなくて。ここへ来て、よく喋ってたんで、いまちょっと懐かしいというのか(笑)

住吉:バリバリお仕事の場ですね。

鈴木:まぁそうなんですけど、こんな場所だったんですね。こんなって言っちゃいけないんだけど(笑)

住吉:今日は映画を待ちに待ったという皆さんが、お座り下さっておりますけれども。

鈴木:本当は僕らが引っ込んで、早く映画観たいですよね?(笑)

住吉:そんなことないって、首を振って下さってる。ありがとうございます。「風立ちぬ」ですけど製作に5年、、

鈴木:それはちょっと大袈裟なんですけど、宮崎駿零戦の設計者堀越二郎の話を思いついて。それである模型雑誌に連載を始めようと思ったのが、5年前。

住吉:あ、そうなんですね?

鈴木:そうなんですよ。5年前こんなことがあったんですよ。僕の親しいテレビ局の映画のプロデューサーが人事異動で降格になって、それで映画を作っていくことが困難になったことがあって。それで宮さんがその人を慰めるために「零戦を作った人の映画でも作ったらどうだ!」って言い出したんですよ。元気づけるために。

住吉:うんうん。

鈴木:「そうですねぇ」ってその人が言ってたんだけど、その事がきっかけで自分が考え始めたんですよ。その話を。

住吉:ほお。それはその模型の雑誌とはまた別に?

鈴木:その結果が模型雑誌になるんだけど。

住吉:なるほど。

鈴木:で、連載をやるときに堀辰雄のことも出てきたりして。それである時から、漫画の連載を始まるんですよね。その人、実はその後復帰して、また映画を作る責任者になったから名前出してもいいかなと思うんですけど。その人のために考えた企画だったんですよ。

住吉:へえーー。

鈴木零戦の映画でもやれば、お客さん来るんじゃないか、と。そんなことを宮さんが言い出して。それで自分が子供の頃から好きだった堀越二郎。その人の話をやろうってときに、一方で堀辰雄の小説。彼が50代くらいから読み始めて、「風立ちぬ」とか「菜穂子」とか。僕は横で見ながら「あんまり宮さんには似合わないな」っていう気もちょっとしてたんだけど(笑)美しい恋愛話なんでね。そうしたらある日、ハッと自分で僕に言ってきたのが、「堀越二郎の生きた時代と堀辰雄の生きた時代、同じなんだよ」って言い出して。

住吉:へえ。

鈴木:漫画を描くときに彼が言い出したのが「二人をごちゃまぜにしようかな」とか言ってね。それで漫画の方は登場人物がみんな豚なんですよね(笑) 

住吉:そうなんですか?

鈴木:そうなんですよ。人間出てこないんですよ。この人たちが大真面目にドラマをやってくんです。もう一つ説明しなきゃいけないのは、宮さんは戦争っていうことに対して造詣が深い。僕はそのことを知っていまして。彼は昭和16年生まれで、彼いろんな本を読むんですけど、誇張をすると彼の読んできた本の半分が戦争関係なんですよ。

住吉:そうなんですか。

鈴木:4歳くらいで戦争が終わるんだけど、戦争のこと記憶に残ってる人なんですよ。それで何となく戦争のことが気になって、本を読む。と同時に、日本でも戦闘機色々あったでしょ?子供ながらに絵が上手かったから、それを絵にする。そういうことをやってるうちに、彼の中でそういうテーマ見つけたんでしょうね。日本だけでなく世界中の戦争を見ていったときに、ドイツとソ連の戦争、これ独ソ戦っていうんです。20世紀で色んな戦争があったけれど、この独ソ戦っていうのがたぶん一番悲惨な戦争。

住吉:ほおー。

鈴木:正確にはわからないんだけど、およそ2000万人の方が亡くなった。

住吉:2000万人。

鈴木:そうなんですよ。一番悲惨な戦争って言われてるんです。それが彼の一種ライフワーク。その独ソ戦関係の色んな本を集めて読むっていうのが彼の日課。 

住吉:それは映画づくりの前にやられていた? 

鈴木:前なんですよ。というのか、映画づくりが始まっても、自分が一人の個人として夜寝る前に読む本って、その独ソ戦の関連の本が多かったんですよ。戦争については彼はずっと考えているんだけど、彼は映画監督として映画を作るときは、ナウシカとかラピュタとかトトロとか、そういうものを作るべきであって、戦争関係のものは一切好きだということもおくびにも出さない。

住吉:ファンタジーの方にいくべきだと?

鈴木:両方好きだったんでしょうけどね。戦争関係の方は、全然世の中に出さなかったんですよ。ところが、その漫画が始まったでしょ?僕なんか横で見てて読み始めたら、ムチャクチャ面白いわけですよ。面白いから「次どうしようか?」って言われたときに「これやりましょうよ」って(笑)

 

□□□

 

鈴木:企画決めるときって、大概数秒なんですよ。

住吉:ええ。ひらめく感じ?

鈴木:そう。例えば「ハウルの動く城」なんかも、トイレで二人で「鈴木さん、どうしよう?」っていうから「ハウルじゃないですか?」っていったら「やっぱりそうかな。じゃあそうする。」「じゃあ」って(笑)そこで決まりなんですよ。

住吉:(笑)

鈴木:大体こうやって決まってきたんですよ。今回ばかりは真面目な顔になっちゃって「鈴木さん、何考えてるんだ。あの漫画は趣味で描いてるんだ。その趣味を映画にするっていうのはあり得ない」って。そこで描くことは世間の人は知らないっていう自信があったんですよ。ところが僕が横にいて、その雑誌毎月何となく見てて、戦闘機がどうしたとかドイツにこんな戦車があったとか、そんなことばっか描いてる本で。普通の人が読む本じゃないんですよね、その雑誌は。あんまり言っちゃうと申し訳ないんだけれども。関係者の方がいたらすいません!それからその雑誌のファンがいたらごめんなさい!(笑)でも本当に好きな人だけに呼んで下さいっていう雑誌だったんですよ。

住吉:なるほどね。でも映画は多くの方が観るものですもんね。

鈴木:そう。それは区分けしてやるべきだっていうのが、彼の考え。

住吉:今回は零戦とか設計者とか聞いてて、戦争映画なのかなって思ってたんですよ。事前に試写会で観させていただいたんですけど、印象は全然戦争映画ではなく。

鈴木:ないですね。

住吉:私が感じたのは、一篇の詩のような作品だって思いました。

鈴木:映画の方はそうなりましたね。やっぱり堀辰雄のおかげじゃないですかね(笑)

住吉:文学の香りが。

鈴木:そう!(笑)

住吉堀越二郎さんという実在の人物がモデルになってますけど、実在の人物を宮崎

さんがモデルにするっていうのは、これまた初めてのことですよね? 

鈴木:全く初めてですよ。

住吉:そこにはファンタジーから、実在ですからより現実になっていくわけで。

鈴木:そういうわけで原作の堀越二郎は、豚の顔なんですよ(笑)ほんと。登場人物ほとんど豚なんですよ。菜穂子さんだけが何故か人間なんですけどね。そこらへんは上手く説明出来ないんだけど、彼の中で素直に人間にしたくないっていう気持ちがあったんでしょうね。

住吉:今回映画で人間にしなくてはいけないということで、ここはきっと宮崎さんの中ではハードルというか、、

鈴木:すごい大きなハードルだと思います。人間だとしたら、堀越二郎をどういう顔で描くか。これは悩んでましたよね。

住吉:はあー。

鈴木:大きくいうと二種類描くんです。彼は主役の顔を描くときって、男性のときは必ず二つ描くんです。

住吉:へー!全く違う感じの?

鈴木:違うんですよ。何が違うかというと、顔の形。

住吉:形?

鈴木:一つはポスターその他で皆さん見ていただいてわかるんですけれど、面長。もう一つは顔が横に長いんですよ。

住吉:へー!

鈴木:この二人のうちどっちにするかって悩むんですよ。

住吉:それはどういうことなんでしょうかね?

鈴木:それを二つ描いて、スタッフのところに行って一人ひとりに訊くんですよ。どっちがいいかって。必ずそうなんですよ。トトロのお父さんのときもそうですよ。同じことやってました。

住吉:そうなんですか!

鈴木:あれも結果細面になったんだけど、元は顔が横に長いんですよ。

住吉:はあー。

鈴木:それはわかりやすいんですよ。宮崎駿の顔を思い浮かべて下さい。

住吉:面長じゃない?

鈴木:違いますよ。何言ってるの!

住吉:え!ほんと!?

鈴木:あなたどうかしてる!(笑)顔が横に長いでしょ?

住吉:あ、そうかしら。お髭と白髪の素敵なイメージで。

鈴木:あれで横に長いのを誤魔化してるんですよ。

住吉:じゃあ私誤魔化されてたのかな(笑)そうか、自分に似せて横に長い顔をまず描くけれども。

鈴木:本心は皆に言ってほしいんですよ。横に長いのが良いって。

住吉:えー!

鈴木:誰も言ってくれないんですよね。これ。

住吉:じゃあ今回も縦のほうが良いということになってしまって。

鈴木:そういうとき見せてくれるんですよ。「鈴木さん、顔これで良いかな?」って。僕はそういうこと知ってるから、「まあ、主人公は顔が長い方が良いですよね」って(笑)

住吉:あとは私すごく気になってたことがございまして。昨年だと思うんですけど、いま高畑勲監督も秋公開の「かぐや姫の物語」を作ってらっしゃるということなんですけど、そのお二人が同時に製作をするのって、かなり久しぶりで中央線を挟んで、ものすごいライバル意識が飛び交っていて、鈴木さんはその両方をケアするのに大変ということをおっしゃっていたんですが、当時。

鈴木:ああ、言ったかもしれないですね。

住吉:その後、お二人のライバル意識みたいなのは製作が進むうちにどうなっているのかという。

鈴木:あのね、途中で事件が起きたんですよ。

住吉:え!

鈴木:「かぐや姫の物語」は公開を延ばしたんですよ。「かぐや姫の物語」と「風立ちぬ」って、7月20日に同時公開の予定だったんですよ。

住吉:同じ日の予定だったんですね。

鈴木:そうなんですよ。中々、高畑さんが作ってくれないんで(笑)ちょっと延ばしたんですよね。本当に申し訳ないですけど。本当は同じ日にやれば、宣伝も一回で終わるでしょ?

住吉:たしかに(笑)今日まとめて二本試写です!みたいな。

鈴木:お金かかんなくて良いんですよ。

住吉:(笑)

鈴木:僕お金をちゃんと見ないといけない立場なんで。

住吉:プロデューサーですもんね。

鈴木:だから二本同時でやれば、随分節約出来ると思ったんですよ。ところが、全然言うこと聞いてくれなくて。だって、僕が高畑さんに「かぐや姫を作って下さい」って話したのは、2005年なんですよ。

住吉:えー!?8年前?

鈴木:そうなんですよ。僕は本当はもっと早く作ってほしかった。それで「風立ちぬ」の前に公開の予定だったんですよ。

住吉:ええ、ええ。 

鈴木:で、やってるうちに並んできたんですよ。両方が。それで同時公開にしよう、と思ってたら、かぐや姫が追い抜いちゃったんですよ(笑)

住吉:ウサギとカメみたいな。

鈴木:まぁまぁそうなんですけどね(笑)

住吉:宮崎さんは作る過程で高畑さんの存在っていうのを、今回の作品では何か意識したエピソードなどがあれば。

鈴木:いつも意識してますよね。

住吉:じゃあ関係なく、いつも意識されてる?

鈴木:二人の関係を話さないと、ピンとくるのが難しいんでしょうけど。宮崎駿がこの世界へ入ったとき、あらゆることを手ほどきし、教えてくれたのは高畑勲なんですよ。つまり、宮崎駿にとっては、高畑さんは師匠、先生。で、後に一緒に作品を作り始めるんですけど、それで仲間になっていくんですよ。だから、師匠であり先生であり仲間であり兄貴であり、そういう二人なんですよ。

住吉:ああ。

鈴木:で、その関係を50年やってるんですよ。わかりますか?50年。皆さんが産まれる前なんですよ。

住吉:まぁ色々ありますわね。

鈴木:そりゃあ色々あったんですよ。この場で言えないことが(笑)

住吉:今回、宮崎さんだけでなくスタッフの皆さんもかなり並々ならぬ意気込みで、この作品に臨んだと伺ったんですけれども。

鈴木:高畑さんっていうのは、業界では大変色んなスタッフの信頼が厚くて。実は日本中のこれっていう凄いアニメーターのほとんどが「かぐや姫の物語」に集まってるんですよ。

住吉:ええ。

鈴木:高畑さんって久しぶりに作るでしょ?みんな高畑さんのところでやりたい!って。その結果、「風立ちぬ」には誰も集まらないんですよ(笑)

住吉:あらあら。

鈴木:そういうことも起きちゃったんですよね。宮さんの作品は、ジブリの中のスタッフでやって、高畑さんの方は外注というのか外の人たち。上手い人たちがみんな集まってきたんですよ。一回は高畑さんの作品をやってみたい、という人が次から次へと集まって。人を集める人なんですよ。まさかこんな長くかかるとは思わなかったって、みんな言ってますよね(笑)

住吉:「風立ちぬ」の映像が、心に残るというシーンがたくさんあった気がしまして。

鈴木:どこか残りました?

住吉:例えば、緑の美しさとか、空の美しさとか、昔の日本ですから日本が大気汚染とかそういうことで失いつつあるもの。ああ良かったよなーって。

鈴木:さっきも彼女と話したんですけど、ロシアにレヴィタンっていう画家がいるんですよ。この人は風景画家で凄い良い絵をいっぱい描いてるんですよ。そこからちょっと参考にして(笑)

住吉:日本の空と思ったら、ロシアのエッセンスも。

鈴木:ロシアなんですよ。その人、雲が上手いんですよね。宮さんの毎日の日課って、ジブリの屋上に夕方になったら来るんですよ。何の為かっていったら、雲を観察に来るんです。

住吉:へえ!

鈴木:今日は良い雲だっていったら、色んなスタッフ呼ぶんですよ。毎日見てますね。

住吉:呼んで?

鈴木:呼んで観察させるんですよ。「どうだ。綺麗だろう!」「目に焼き付けろ!」って。それをやってますね。でもレヴィタンっていう人の絵、これは本当に機会があれば見てください。この人いっぱい絵を残したんだけど、ある時期のロシアって凄い良い絵がいっぱいあるんですよ。僕らもそういう絵を随分参考にするし。40歳で亡くなっちゃったんですよね、この方。

 

□□□

 

鈴木:今回の企画って、宮さんは色んな人に言いまくったんですよ。「俺は本当はやりたくなかった。鈴木さんがうるさく言うから、仕方なくやってるんだ」と。スタッフにもそういう説明をしながら絵コンテ描いてたら、濃厚なラブシーンが出てくるんですよ。で、チュウをするんです。

住吉:それは思った。宮崎作品でチュウが出てきた!みたいに思ったんですけど。

鈴木:言わなきゃいいのに「これは鈴木さんが要求したから俺は描いたんだ」と。

住吉:要求されたんですか?

鈴木:僕そんなこと要求してないですよ!この企画をやれって言ったから、俺はやったんだ、と。だからこういうシーンも出さざるを得ない。あんまり素直な人じゃないんですよね。本当はやりたかったに決まってるんですよ。

住吉:(笑)そういう意味では子供の目線でお作りになってたのが多かった中で、今回は大人向けの作品ともいえるとも思いますが、このあたりは?

鈴木:出てくる登場人物が10代とかじゃないから。大人が出てるからそう見えるんでしょうけれど。ただ、これは高畑さんなんかも観て話したんですけど、主人公の二郎ってこうなって欲しいな、を実現した映画でしょ? 

住吉:うん。

鈴木:そういうのって、ファンタジーなんじゃないかなって。だから宮さんという人は、元々ファンタジーが得意ですけど、大人ものを作るときもそのファンタジーの要素は忘れないというのか。

住吉:へえー。

鈴木:観る前に皆さんにこんなこと言っちゃあれなんだけど、この映画ってもし僕が中学生とか高校生だったら、ムチャクチャ感動するでしょうね。だってああいう大人になってみたいって、そういうこと思わせてくれるもん。

住吉:ときめくかもしれないですね。

鈴木:そう。

 

ーナレーションー

 

現在、大ヒット全国上映中の宮崎駿監督最新作「風立ちぬ」は、零戦の設計者堀越二郎と文学者堀辰雄、同時代に生きた実在の二人を融合させた青年技師二郎の半生を描き、そしてヒロイン菜穂子との切ない恋の物語です。

 

観るたびに、新たな発見がある、心に残る美しい作品です。

 

まだ観ていない人も、もう一度観たいと思っている人も劇場に足を運んでみませんか?

 

鈴木:「この映画を一言でいうと何ですか?」なんて質問されてんですよ。で、つい言っちゃったんですね。「宮崎駿の遺言です」って(笑)

住吉:遺言。

鈴木:そしたら宮さん怒ってましたけどね(笑)でももしかしたら、それに近いものがあるんじゃないですかね。それぐらい自分が言いたいこと、言い残したいことが全部詰まった映画です。