2008年11月11日配信の「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」です。
https://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol58.mp3
ーナレーションー
「CHANGE」を唱えた一人の黒人が大統領になり、世界の危険な変化に警鐘を鳴らし続けてきた一人とキャスターが亡くなった11月のはじめ。
れんが屋にやってきたのは、映画『崖の上のポニョ』のオープニングを飾る「海のおかあさん」を歌ったオペラ歌手、林正子さんです。
林
「海のおかあさん」私あれ、イタリア語でやったら綺麗だったのにって思ったんですよ。ヨーロッパの言語の方が喉が開いてるんです。喋ってる時も。私、毎日フランス語で喋ってるんですけど、フランス語で喋ると、言葉が前に来て喉が開いてる生活をするんです。だから歌ってる時もそのまんま行けるんです。だけど、日本で一年二年って過ごしていると、毎日日本語で喋ってるので。
鈴木
奥へ引っ込んでるんだ。
林
奥へ引っ込んでくるんです。
鈴木
少しわかりますよ。少しだけ。僕、名古屋生まれなんですけど、東京にいる時は標準語でしょ?でも名古屋へ行くと、「何言ってるの。たわけ」って、少し前へ出るんです。
林
ウチ、父が名古屋なんです。
鈴木
そうなんですか!
林
ずっと子供の頃、夏休みは二ヶ月とか名古屋にいました。でも確か人名古屋の人、ちょっとラテン系入ってますよね。確かに前に言葉出てますよね。ウチの親子三人でレストランに入った時に、その前にご飯食べてたんですけど、うどんは食べたいと。父は名古屋の人なのでどうしてもうどんが食べたいと。三人で二人前をとろう、ということになって、「すいません、二人前お願いします」っておばさんに言ったわけですよ。したら、そのおばさんが死ぬ程大きな声で「三人さんで二人前ー!」って言ったの(笑)
鈴木
(笑)なんでオペラ歌手を目指したんですか?
林
凄く単純な話なんですけど、子供の頃、割と木に登りやすい性格だったので。
鈴木
煽てられると。
林
はい。小学生の時に音楽の先生が「君、声が良い」って。本気にしてしまって、それで母に「歌をやりたい」ってお願いしたんですが、お稽古潰しキングだったので、習っては辞め習っては辞め、すぐに飽きてしまったので、「じゃあ何年も言い続けたらやらせてあげるわ」っていう風に言われて。で、結局、高校生まで待ったんです。ちょっと長過ぎましたけど。でもずーっとやりたかったです。音楽。
鈴木
その先生が大きいの?
林
自分の頭の中に「そうか。音楽っていう方向もあるな」ってインプットされてしまったので、もうちょっと他にも可能性もあったんじゃないかなって今にして思うと。
鈴木
いや、ないような気がする。
林
そんな言い切らなくてもいいじゃないですか(笑)わかんないですよ。もしかしたら、OLさんやってたかもしれないし。
鈴木
いや無理でしょ(笑)
林
という話をこの前したら、一番遠い位置にいるって言われて。
鈴木
無理だと思う。
林
そうですか?
鈴木
うん。性格的に(笑)そんな落ち込まないでくださいよ(笑)でも音楽あって良かったですよね。
林
本当ですよね。
鈴木
高校の時は?
林
私は音楽をやってることを父に隠して通していたので。大学に入った時も父は知らず。
鈴木
え、芸大でしたっけ?
林
そうです。
鈴木
お父さん、娘に関心がなかったんですか?
林
そうじゃなくて、一回高校受験の前くらいに「申し訳ないんですけど、音楽科を目指したいんですけど」って言った時に、一喝されてしまいまして。
鈴木
一喝。
林
はい。絶対ダメであると。
鈴木
なんでダメなんですか?
林
父自身もイラストの方に行きたくて、だけど男子は家族を養わなければいけないから、もうちょっと確実な道へ行った方がいいって、父は諦めてしまって。たぶんそれで芸大っていうことにトラウマがあったんじゃないかなって今にして思うと。一喝して「絶対ダメだ!」って言われたので、ちょっと覆面で普通の大学に。
鈴木
あ、一旦入って。
林
一旦行って、バイトをしながら。そうすると、入学金払えるわけないので。私立の大学で。なので自然とそこしか入れなかったというか。でも賭けだから、ここにもし入れたら、本気でちゃんとやろうと。入れなかったら法学部に行ってたんですけど、普通の大学行って、普通に就職しようと。
鈴木
普通の大学行ってた時は、特に支障はなかったんですかね?
林
いや大ありですよね。センター試験の時期になると、私が音信不通になるわけですから。友人たちは「一体、どこに行っちゃったんだろう、あの人は」っていう。短期集中型は得意なので、周囲とも連絡を断って。ピアノの練習もウチでするとバレてしまうので、友人宅を転々としながら。
鈴木
決意の人なんですね。
林
短期集中型なんで。
鈴木
思い込んだら試練の道を。
林
はい。よく競馬の馬で目隠しするやつありますよね?あれが付いてるみたいに歩いてるって言われます。
鈴木
猪突猛進。
林
はい。
鈴木
お父さんが認めてくれたのはいつなんですか?
林
正確にいうと、後々にコンクールで一位を獲った時まで「絶対ダメ」って。
鈴木
それはだいぶ経ってますね。
林
97年ですもんね。
鈴木
その道は入って、何年ぐらい経ってたんですか?
林
かれこれ4、5年。自分の部屋に全部事情を知ってる人から、どんどん花束が送られて来るわけですよ。「なんで花束?結婚か?」って思ってて、グッと抑えてたみたいなんですけど。
鈴木
自分の娘が聞かないと思うから喋っちゃうけど、凄い印象に残ってるエピソードで、子供の頃よく自分の首の上に子供を乗せて、高い高いとかやるじゃないですか?ある年齢になると、それをやらなくなる。ウチの娘がこれから中学になろうっていう時。もう小学校6年終わって。したら僕のところに寄ってきてね、「ちょっと」って言うんですよ。「なんだ?」って言ったら、「首の上に乗る」って言うんですよ。
林
え?
鈴木
もう大きくなってたでしょ?「お前大丈夫か?」ってきいたら、「いいよ」って言って、重いのを持ち上げたんですよ。それで「どうだ?」って言ったら、「もういい」って言うんですよ。で、降りてきて一言言ったんですよ。「最後だからね」って。
林
娘さんは娘さんなりに訣別の儀式が欲しかったんですかね?
鈴木
そうそうそう(笑)すんごい印象に残ってるんですよ。
林
ちょっと今ドッキリしました。私まだ父と訣別の儀式してないです。そうしたら。
鈴木
やられちゃったんですよ、僕。
林
私、中学校までは父とお風呂入ってました。
鈴木
中学まで!?
林
うん。
鈴木
見た目グラマーですよね?
林
(笑)
鈴木
したら中学生になったら、おっぱい大きいわけでしょ?
林
そうみたいですね。
鈴木
お父さんさんと一緒に入ってたんですか?(笑)
林
入ってましたよ(笑)でですね、父に告白するのも非常に怖かったんですが、大学に入って五月くらいに、芸大っていうところは同級生が非常に人数が少ないので、ほぼ一学年全員が私の事情を知ってるわけです。そうすると友人たちが、「そろそろ本当のことを言わないと、親子断絶になるぞ」って言われまして、父にお願いをして、「家に早めに帰ってきてもらえないかな」っていうことをお願いして、全部化粧もとって泣く準備もして待っていたら、父は父で一日中「ああ、今日ウチの娘がこの年で結婚したい男がいるって、今日言われるんだ」って思って覚悟して帰ってきたらしいんですけど。で、開口一番「すいません、前の大学辞めました」って言ってしまったところで、「何をしてるんだ、君は」って言われて、「音楽をしてます」って。
鈴木
にじゅう、、、?
林
二十歳くらいですよね。それで「家庭教師とか色んなバイトをしてお金を貯めて、実はいま芸大に通ってます」って言って。
鈴木
お母さんは知ってたんですね?
林
知ってました知ってました。母は応援してくれていて。母は「一分くらいだったよ?」って言うんですけど、私は父が一時間くらい黙ってたような気がして。そうしたら、パッと口を開いて「よく頑張った」って。「決意を持ってやったことは褒めてやる」って。「だけど、このまんま音楽をやっていってモノになるかなんて誰にもわからない。だから君にとって必ずしも幸せじゃないと思うんだ。だけど、こうしよう。僕は口も出さない代わりにお金も一銭も出さない。それでもやるのか?」って言われて、勢いで「やります」って。でもどこかに「どうせ一人娘だし、そんなこと言ったって後でお金ぐらい出すよ。ウッシッシ」っていうのはあったので。ところが、今に至るまでビタ一文(笑)
鈴木
でもそれはお父さんの愛情ですよね。絶対成功してほしいっていうやつですよ。
林
そうなんですか?いま初めてその考えに当たりましたけど。
鈴木
そうですよ。口も出さないけどお金も出さないって言うのは、そういう道をお前さんは選んだんだから、誰にも頼るなと。それはどういうことかというと、成功してほしいっていうことですよね。
林
そうなんですか?
鈴木
何言ってるんですか(笑)
林
いま初めて「あ、そうだったんだ」って思いましたよ。私は今の今まで父は頭っから反対してたんだって。
鈴木
違うんですよ。それは願ったんですよ。成功を。応援したんですよ。だから心を鬼にしたんですよ。そういうことですよ。
林
初めてそう思いました(笑)
鈴木
だってそこで口は出さないけれどお金は出すっていったら、それはダメですよね。上手くいかなくなりますよ。陰ながら応援しようって決めた人生ですよ。お父さんは。
林
私ちょっと胸がいっぱいになっちゃいました。今の鈴木さんの一言で、父を見る目が変わりそうです。
鈴木
そうですか。
林
はい。私、今の今まで本当に思いませんでした。父は私に音楽をしてほしくなかったんじゃなかろうかって、ずっとそればっかりで。
鈴木
自分の信じた道を歩いていける。だから、半分以上羨ましかったんでしょうね。
林
その時父がため息と共に言ったのは、「女は怖い」って言われました。
鈴木
だから、本当に怖いんですよ。
林
女の人は着実に目的に向かって、でも男にわからないように出来るってところが怖いって言われたんですけど。
鈴木
でも本当だと思いますよ。
ーナレーションー
オペラ歌手目指して波の上を走ってきた林正子さん。林さんはどこかポニョに似ているみたいです。
鈴木
今回ね、『ポニョ』の話が来て、良かったんですか?良かったんですかって変な質問だな(笑)
林
私は何事も良かったと、、、
鈴木
そういうのはありなんですか?オペラの人が映画の主題歌を歌うとか。
林
ありなんじゃないんですかね。全然大丈夫だと思いますけど。
鈴木
久石さんが彼女でひとつ録音してみたい。その時は主題歌とかそういうんじゃなかったんですよね。ただ、久石さんが「やっていいかな?」って。で、僕は「久石さんやりたいんだったら、いいじゃないですか」なんて言ってて。それでやっていただいた。そうしたら、僕もオペラの歌い方をわかってるわけじゃないんだけど、なんか新鮮だったんですよね。それから迫力もあったし。実は冒頭、音楽だけの予定だったんですよ。それをみんなに内緒で映画の冒頭にちょっと入れてみたんですよ(笑)で、まだ絵の方も出来てなくて、宮さんに聴かせたら、「あ、いいこれ!」って言い出してね(笑)それで宮さんも凄く気に入って、基本的にはあの歌に合わせて絵の方も動かすっていうのことが決まって。
林
ありがとうございました。本当に。
鈴木
ありがとうございました。
林
凄く楽しかったです。私は。
鈴木
そう言っていただけたら。
林
一番感じたことだったんですけれど、宮崎駿さんにしても、久石さんにしても、鈴木プロデューサーにしても、皆さん本当にこの仕事が好きで。だから、「こうなったらいいな」っていう変な欲がなくて、ただどうしたらこの作品が良くなるのかって、みんなが最後の最後の瞬間まで物凄くもがいてるのが印象に残りました。
鈴木
僕は欲あるんですけどね(笑)だけれど、やってると面白くなっちゃうんですよね。
林
そういうもんですよね。好きじゃないと続かないと思います。ただでさえ、みんな問題にぶち当たるわけだし。
鈴木
そうですね。僕も映画好きですね。
林
もうしょうがないって思って。いつもだと、こういう商売してて言うの恥ずかしいんですけど、お客さんの前に出て行くのが、カーテンから出るまでが凄い勇気がいるんです。決してそれは自信がないとかじゃなくて、舞台の怖さを知っちゃったんですね。こればっかりは自分でコントロールが出来なくて。だから、帰りがけに暗い役をやってた時は暗くて、終わった途端に「あ、どうもお疲れ様でした!」ってあまりないので。あんまり明るかったら暗かったりってやってると、疲れちゃうんじゃないかなと。なので、
今年自分がちょっと面白いって思ったのは、例えば、今回ののぞみちゃんに「すごい。のぞみちゃんはいつも堂々としてて、度胸があるね」って言ったら、「だって、楽しいんだもん!」って。
鈴木
(笑)
林
とことん彼女は舞台を楽しんでいて。もし自分がこういう風になれたら、もっとホームランを打てるのになって。
鈴木
ちょっとくだらない話だけど、僕の実家のすぐそばに煮込みうどんの店なんだけど、そこ汚いところなんだけど何故か有名で、その昔、花菱アチャコっていう人が毎週大阪から食べに来てたっていうところで。そこへ僕も大学生くらいの時に行って。僕も少しは東京を知ったでしょ?で、名古屋に帰ってきて、その店へ行ってみたらびっくりすることがあったの。何かというと、注文するじゃないですか。「カレーうどん」って。声が小さいと来ないんですよ(笑)それで「カレーうどん!」って言うと、そこへすぐ行っちゃうんですよ。結構並んでたりして交代して食べるんだけど、気の弱い人にはうどんが来ない(笑)
林
じゃあ私、有利ですよね。
鈴木
あ、有利ですね(笑)本当にありがとうございました。
林
ありがとうございました。どうもお世話になりました。
(了)