鈴木敏夫のジブリ汗まみれを文字起こしするブログ

ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」の文字起こしをやっています。https://twitter.com/hatake4633

救いのない世界に絵を描く? ゲスト:橋口亮輔さん、リリー・フランキーさん

2008年6月17日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol37.mp3

 

リリー:急にレンガが。

 

鈴木:だからレンガ屋って名前。わかりやすいんです。どうもはじめまして。ジブリの鈴木です。

 

橋口:よろしくお願いします。

 

鈴木:今日はありがとうございます。

 

リリー:使い込んだ雪駄が置いてあると、すぐ鈴木さんのだとわかりますね。

 

鈴木:そうですか(笑)なんかかしこまっちゃって(笑)

 

女性:リリーさん、タバコ吸われますか?

 

リリー:はい。

 

鈴木:あ、そうなんですね。それは嬉しいです。僕はばかばか吸う方なんで。

 

リリー:ラジオをしながらタバコを吸えるのって、一番良いですよね。

 

鈴木:最近、ラジオ局も難しくなっちゃったんですよね?

 

リリー:ほとんどダメなんじゃないんですかね。

 

鈴木:ダメですよね?昔はばかばか吸えたのに。映画を観させていただいて、ありがとうございました。

 

橋口:とんでもないです。コメントをいただきましてありがとうございます。

 

鈴木:僕のコメント、役に立たないだろうなと思って心配だったんです(笑)

 

橋口:凄いなと思いましたよ。

 

鈴木:え?

 

橋口:だって『ポニョ』がもうすぐ公開なのに、人の映画にコメントをくれるなんてと思って。本当にビックリして嬉しかったです。ありがとうございます。

 

ーナレーションー

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

この番組は、ウォルト・ディズニー・ホームエンターテインメント、読売新聞、"Dream Skyward"JAL、“街のホットステーション"ローソン、アサヒ飲料の提供でお送りします。

 

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

鈴木:それでまあ観て、とにかく凄い映画だなと思って。構造もさることながら、その構造があった上でちゃんと最後まで丁寧に作ってあるんで。撮り方もテーマと一致してるんですよね。表現が。そういうのを観ると興奮しますよね。

 

リリー:大傑作とか言っていただいて。

 

鈴木:いや本当に傑作だと思って。やっぱり好きな映画ですよね。

 

ーナレーションー

昔の時代劇以外、実は滅多に映画を褒めない鈴木さんが、珍しく傑作と言った一本の映画がぃ女性たちの間で「すごく良いよ」って大評判になっています。

 

鈴木:ああいう映画が作れるのは、羨ましいですよね。

 

橋口:ただ、いま邦画バブルとか言われてても、ああいう映画が成立しにくいですよね。大手は絶対作らないし。最初は言われましたもん。3人ぐらいプロデューサーに「こういう映画作りたいんですけど。夫婦の話で」って相談した時に、「ああ、これはダメだね。お金出ないね、どこからも」って3人くらい言われましたよ。「『ハッシュ!2』だったら、お金出るけどねー』って。

 

ーナレーションー

それは橋口亮輔監督の映画『ぐるりのこと。』。主演はあのリリー・フランキーさんです。

 

リリー:橋口さんがどういう風に映画を作ってるのかって近くで見たいっていうのがすごくあったから。

 

鈴木:橋口さんの映画は観ててファンだった?

 

リリー:そうですね。その前の『ハッシュ!』の時に監督にお会いして。前の映画が世界中で観られて。しかも6年ぶりに撮って、こういう違ったタイプの映画を撮って、俺に頼むっていうのもちゃんとした精神状態なのかって、そこからですよね(笑)

 

橋口:僕も追い詰められてたから、リリーさんに頼みに行く時はすがるような思いで。崖っぷちに立ってますからね。

 

ーナレーションー

そんな橋口監督とリリーさんが、スーツ姿で少し緊張気味にレンガ屋にやってきてくれました。

 

リリー:橋口さんも6年撮ってなかったけど、結局ずっと映画のこと考えてるんですよね。

 

橋口:毎日近所の人は「あのお兄ちゃん何やってるんだろう」とか思ってると。僕、目黒不動ってところに住んでるんですけど。

 

鈴木:え!目黒不動なんですか!?

 

橋口:神社のすぐ横に住んでるんですよ。あそこバス通りになってるんで、神社の中をバスが。

 

鈴木:大好きなんです、あそこ。

 

橋口:ああ、そうですか。東急バスの人が神社にバスを入れる時に、柵みたいなのを一回一回出してたら引っ込めたらするんですよね。お昼とか僕がこんな顔して買い物に行ったりとかすると、いっつも見られますよね。いっつも訝しげに上から下までこうやって警備のおじさんに。

 

鈴木:あそこら辺ですか。

 

橋口:神社の中にいるといってもいいくらいの所に住んでます。

 

鈴木:五百羅漢もある。

 

橋口:そうですよね。林試の森とか良い場所ですよね。ただボーっとしてるような時間が過ぎていくっていう。ただ「絶対作ってやる」っていう思いが6年間持続してきましたからね。「絶対アイツに負けない」とか「見返してやる」とか(笑)

 

鈴木:誰なんですか?つって(笑)

 

橋口:いっぱいいますけど。こっちの方が成立しやすいからこの映画、とか、この原作で、とかっていう風には僕ブレないんですよね。そこだけは感心するんですけど(笑)ずーっと「ぐるりのこと、ぐるりのこと」って6年間思ってましたからね。

 

鈴木:リリーさんを主役にっていうのは何でだったんですか?

 

橋口:なぜでしょうかね。色んなことを経てやっと作れることになって、最初は素人さんかお笑いの人って思ってたんですよ。だったら女優さんは割としっかりと演技の出来る人でっていう、通常考えるパターンですよね。

 

と思っててそうなってる時に『東京タワー』って結構厚い本なんですけど、普通だったらそういう状態の時読まないと思うんですよね。いくらいただいてるからと言って。でもね、「あ、読まなきゃ」って思ったんですよね。「あ、読まなきゃ」って何か思って一晩くらいで読んじゃって。で、「あ、リリーさんだ」って思ったんですよね。

 

鈴木:本を読んで?

 

橋口:そう。カナオがここにいるって思って。主人公の。それも今だから不思議な感じしますよね。読まなきゃって思ったっていうのは。

 

プロデューサーに「橋口くん、リリーさんしかいないと思ってるんでしょ?」って言われて「はぁ」と。「とりあえず話してみなよ。しょうがないじゃん」って言われて。「そうですね」って。で、相談したんですよ。本読んでもらって。

 

鈴木:リリーさん以外ないですよね。

 

橋口:そうですね。

 

リリー:久しぶりに会ったら、ずっと鬱だっていうのは聞いてたけど、すごくマッチョになってたりして、どういう6年間だったんだと思って(笑)

 

鈴木:リリーさん演じられる法廷画家が色んな事件に立ち会うじゃないですか。夫婦の方もさることながら、僕はそっちの方がすごい面白くて。あの裁判のシーン。色んな被告の人が語るわけですけど、あれって裁判記録調べたんですか?どの被告が何を喋ったかっていうのは。

 

橋口:あとは色んな方が書かれているノンフィクション、あと法廷画家さんから直接聞いた話、マスコミに出ない所作とか言葉とか何が印象的だったとか、法廷画家さんしかわからないんで取材させていただいて過程で出たんです。

 

鈴木:一つ一つの事件の扱いが短いんだけれど、すごいリアルだったんですよ。それこそ法廷画家のリリーさんの落差がすごく良くて。僕の中ではこの10年っていうのを切り取ってみると、本当に様々な事件、むごい事件、それをちゃんと忘れてなくて一個一個思い出させるように作ってる。その起きた事件で世間が出来ていくわけですけど、その中で生きなきゃいかなかった2人の夫婦。すごい映画だなと思ったですよね。

 

リリー:色んな方から感想をいただいて、裁判とか事件に特化して言われるの、鈴木さんだけですよ。今は。

 

鈴木:この間、新聞広告を見て、これ宣伝の邪魔をしてるんじゃないかなと思ってね(笑)色んな方のコメントが出てたけど、そこをどなたも触れてないじゃないですか。

 

リリー:それが面白いなと思って。

 

鈴木:良かったんですかね?(笑)ちょっと心配だったんでけれども。なんか日本人って、昔のこともさることながら、ちょっと前のことも全部忘れるっていうのか、水に流していくっていうのか、それが特徴でしょ?それを忘れないって日本人らしくないですよね。

 

橋口:そうなんですかね(笑)

 

リリー:ニュースも毎週陰惨な事件があるけれども、次の週になったら報道の仕方もないものになっちゃって。

 

橋口:今日驚いたら明日もっとすごいことが起こってるっていうような連続だったですよね。この20何年はね。

 

鈴木:さっき言いかけたんですけどね、色んな悲惨な事件が起こるじゃないですか。その三面記事を真面目に読んだり、テレビでその事件の報道を見たりしてたら、自分が影響を受ける気がしたんですよ。だから、なるべくそれを避けて通ろう。

 

と言っても、護国寺の事件がどうだったとか少しは覚えてるじゃないですか。すると、自分が果たしてそれで良かったのかなってことを思わされたんですよね。

 

橋口:見ると、一個一個憤ってしまいますもんね。そうすると、やっぱりしんどいですよね。

 

鈴木:ドイツの首相だったと思うんですけど、「過去に目を閉ざす者に未来はない」って確か20年ぐらい前に演説した人がいて。それが一方で残ってたんですけど、とはいえ現実色んな事件が起きてると、嫌な事件が多いから、やっぱりそれを見たくないっていう気分が自分の中にあるんですよね。自分が弱いから、移るんじゃないかっていうね。やっぱり酷い現実から目を背けちゃいけないのかな、とかね。そういうことを思わされたですよね。

 

橋口:でも常に向き合っていうのは難しいですよね。僕も映画を作るってことになって初めて、それまで怠惰にしてたエネルギーをそこにバッと集中させるだけなので。僕もいまニュース見ないですもんね。見ると「何でこうなんだろう?何でちゃんとしないんだ?何で政治家こうなんだろう?」って常に憤ってしまうので。

 

鈴木:エネルギーありますね。

 

橋口:いや、ないですないです。

 

鈴木:憤るってことはエネルギーがあるから(笑)

 

橋口:最近怒ってるんですよ。でも(笑)

 

鈴木:(笑)

 

橋口:色んなことがまたあって。ものすごく怒ってるんですよね。

 

鈴木:最近、一番怒ってるのは何なんですか?

 

橋口:え?それ言うと支障があるんですけどね(笑)最近というか、翔子の描かれてることもそうなんですけど、小さな出版社にいて男の子が作家の文章を勝手に変えて入稿しちゃうじゃないですか。

 

鈴木:僕、出版社にいましたんで。

 

橋口:あ、そうなんですか?いっぱいこの映画で取材受けてるんですけど、それを話題にするライターさんとか出版の人、いないんですよね。ほとんど。話振っても、何か流すんですよね。ある雑誌の編集長が来て取材してる時に、「でも文章って、直すからね!」みたいなことを普通におっしゃったんですよね。すると「えー!」って思いますよね。じゃあそれがまかり通ってるってことは、作家とかライターがそれをクレームつけなくなってるんだなって。

 

鈴木:まあ、そうですよね。

 

橋口:そう思うと、大切なものを手放してしまってどうするんだろって思うんですよね。職業人としてのモラルっていうか、編集者なら編集者の犯してはいけないこと、みたいなのがあったり、その上にプライドみたいなのがあったりするんだろうけど、そういうのがなくなってしまっているっていうのがあり。

 

鈴木:あの男の子の感じが実に現代でしたよね。

 

橋口:そうですよね。悪いと思ってなくて、どちらかというと聞き分けのないのが翔子の方で翔子が悪いじゃんって感じで終わってるでしょ?うそー!って思いますよね。いやーな感じ。誰が悪いかわからないんだけど、何かいやーなものだけが残るっていう。

 

鈴木:共通認識持てないですもんね。

 

リリー:6年間、監督が色んな経験をした色んな憤ったことがワンシーンワンシーンに(笑)

 

鈴木:起きてる事件の受け止め方が良かったですよ。下手な役者さんがやっちゃうといちいち驚かなきゃいけないでしょ?

 

橋口:でもあの眼差しとか表情とか、演出は僕してないんですよ。ああいう場面難しいじゃないですか。セリフもなくて、ただ見て何かを感じてって。過剰な人だったら、そこに悲しい表情をしたり憎しみを向けてみたりっていう。

 

鈴木:どこかで思うわけじゃないですか。あの事件に立ち会っていたら、どういう反応をされるんだろうって。頭の中で想像するやつがあるじゃないですか。そのどれとも違ってたから。

 

橋口:僕、何にも言ってないんですよ。表情難しいだろうなってカメラ向けて「じゃあテスト」って言ったら、もうリリーさんがそれとしているから、「あ、もう大丈夫。撮りましょう」って。

 

鈴木:ヒールの話も良かったですよね。みんなバタバタっていったら、ヒールが転がってきて。

 

リリー:微妙なところで止まってますよね(笑)人が言わないポイントばっかりで。

 

鈴木:あれをどうするのかなーって思ったら、ちゃんと後でそれを言いに行って無視されるっていう、あれは良かったなー。好きなんですよ、そういうの(笑)

 

リリー:あんまり撮影中に監督に褒められてないんですけど、あそこのヒールを持って女の人が来た時に、自然に鼻の下が伸びてたのが良かったって。

 

ーナレーションー

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

リリー:毎日「あ、この人すごいな」って思うことがあるんですよ。演出の仕方とか細かさとか、良いものを作る人は才能もそうなんだけど、想いがあってしつこくて丁寧で妥協しないんだなっていうことを、自分の中でもわかってたところなんだけど、自分でおざなりになってるところっていうんですか。「やっぱり方法は一つしかないんだ」っていうことを見せてもらったのが良いし。

 

監督の色んな人にお芝居をつけてる方法とかを見ると、自分が想像の中で思ってるお芝居とか演出っていうものと、またちょっと違うものなんだなっていうか。そういうものも勉強になりましたし。だからいつでもジブリ作品の声優は出来ますよね。

 

橋口:あ、いいかもしれない。

 

ーナレーションー

言葉に縛られて、言葉の森に迷って、でも言葉では解決出来ない悲惨な出来事が次々と起こる今の世界。救いのない世界を生きる二人の男女の行方を追いかける映画「ぐるりのこと。」。

 

でもそんな二人はなぜか絵を描き始めます。そういえば、あなたの周りにもいませんか?最近、絵を描き始めた人。

 

リリー:僕一回、テレビのドキュメンタリーみたいなので、山小屋みたいなところで宮崎さんが模型を作っていて、鈴木さんが横にいて、鈴木さんの仕事をずっと巡るっていうのをやってた時に、結構二人でいた時は俺が想像したよりも穏やかな空気が流れてて(笑)

 

橋口:今でもドキュメンタリーを見ると、常に作画の人に言ってるところ映りますよね。尻餅をつくっていうのはどういうことか、とか、地団駄を千尋が踏んだるのが違うじゃないか、とか、常に細かく言ってますもんね。

 

鈴木:『耳をすませば」っていうのがあって。これはいわゆる絵コンテっていうのを宮崎駿が描いたんですよ。それを演出したのが別の人だったんですよ。近藤喜文っていうね。それはなぜかって言ったら、その人の監督デビュー作として宮崎が絵コンテを描いたんで。

 

地球屋っていう場所が出てきて、その壁のところで主人公の女の子がへたりこむっていうシーンがあったんですよ。そうすると、絵コンテは本当に誰もいない広場でその壁をズルズルと座りへたりこむんですけど。

 

宮崎の場合は、自然にそれやるわけですよ。ところが、近藤喜文っていう人は、たった一人、誰もいないはずなのに、人の目を気にしてるんですよね。何が起きたかというと、へたりこむ時にスカートのパンツが見えないように座るんですよ。これは面白かったですね。

 

橋口:面白いですね。それね。

 

鈴木:僕に言わせると、どっちがイヤらしいか。近藤喜文の方なんですよ。見えないように座り込む。誰も見てない。自意識過剰の子ですよね。これは面白かったです。そういうのいっぱいあるんですよね。

 

橋口:僕は一番『ナウシカ』が残ってますけど、あれ観た時に「ははぁー」って思いましたもんね。無機物を有機物に変えようっていう作り手の強烈な意思みたいなもの。メーヴェがフワーっと浮き上がる瞬間とか。重力を感じますもんね。その命を獲得したいっていう強烈な意思みたいなものを『ナウシカ』で一番感じましたけど、それは映画作家ならみんなそうですけども、すごいなと思うし、そういう人と一緒にものを作るっていうのは大変だろうなっていうのは思いますよね。

 

リリー:でも橋口さんも撮影の時は長回しのところは、朝から晩まで。次は9分でやって、とか、7分でやってとか、ここはいらないかな、とか。夫婦が30歳のところから始まるんですけど、20歳の時から監督お稽古やるんですよ。知り合った時からやるっていうんで、ずっと架空の記憶を僕らに刷り込んでくんですよ。ずーっとこういう話してるんだな、この人たち20年っていう。

 

鈴木:やっぱり、感じが出るって良いじゃないですか。リリーさんって映画の中とちょっと違うんですね。

 

リリー:そうですね。普段の方が爽やかですね。

 

鈴木:いやもうあれで印象がついちゃったもんですから。すいません(笑)ちょっと違和感があったんですよ。