2008年8月5日に放送された「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」です。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol44.mp3
なんか変な船がサーチライトをつけながら大波の荒れてる海の中を進んで行くのを、崖の上から見るっていうのが好きだったんですよ。それで映画が出来ないかなって(笑)
ーナレーションー
ポニョを生み出し育て上げ、共に生きてきた宮崎駿監督。
『宇宙戦艦ヤマト』みたいなのを作るんだったら、僕が一番上手いと思ってますけど。作らないだけで(笑)
比較的早くテレビは入りましたけど、よく壊れましたね。横にしないと映らないとか。横にしてみんなで横になってね。
6才か7才くらいで観てるんだと思うんですけど。僕が最初に観たアニメーションは、『マイティ・マウス』でした。ものすごく怖かったですね。
パチンコというのがありますね。パチンコも昔は子供が平気でやったもんだったんですけど、下町の親戚のうちに遊びに行くと、「前のパチンコ屋に遊びに行きな」って。そこのおばさんが「ああ、いいよ」ってやらせてくれましたよ。玉が無くなると裏から出してくれたりして(笑)
自分の親父が、株が好きでそれで財産無くしたような男ですから、どうして株をやるのか?って父親に子供の頃に何度も訊いたんですけど。どうして株が儲かるのかって。とうとう納得出来なかったんですよ。誰かが損するから得をするわけっていう。
ーナレーションー
でも海辺で、アトリエで、そして心の崖の上で。
空襲の時に鉄道のガードがありまして、その下に逃げたんです。一家で。焼夷弾が落っこちてくるから、それを直撃すると死んでしまいますから。落っこちた拍子に中に入ってる油が周りに飛び散って周りが火になるんですけど。布団をかけられたんです。座った上に。その上に母親が畳乗っけたんですね。焼夷弾が落っこちないように。僕は死にそうになりましたよ。
ーナレーションー
小さなムービーカメラを覗きながら。
街で闇の中へ消えていっちゃう。車掌もそこに駆け寄って車掌室を叩くけど、返事がない。開けてみたら、真っ暗の中に星が。街が青雲のようにゆっくり回りながら遠ざかっていくっていうね。それが『銀河鉄道の夜』の僕のイメージなんですけど。
ーナレーションー
そんな宮崎さんを見つめ続けたひとりの人がいます。今夜れんか屋を訪れたのは、ポニョと宮崎さんを3年近く見つめ続けたきた、、、
荒川
すいません。こんな鼻声で、
鈴木
荒川くんじゃない?
荒川
はい。
ーナレーションー
NHKの荒川格さんです。
男性
『ポニョ』が初めて出来たて初めて観た時、どう思いましたか?
荒川
冷静に観れなかったですよね。
鈴木
荒川プロでしたよ。映画なんか観てないですよ。映画を観てる宮さんを撮ってましたよ。
荒川
上手く撮れなかったですよ。真っ暗で(笑)
鈴木
元々、長野にいたんだもんね?
荒川
はい。
鈴木
NHKって日本全国にあるんで、東京に来て。それで『プロフェッショナル 仕事の流儀』の担当になったんですよね?
荒川
そうですね。もう3年前ですよね?それで「こういう番組があって、お願いします」って言ったら、「そんな話いいから、とりあえず飯食いに行こうよ」とか言われて。「こんな思いがあって、やりたいんです」って言ってたはずなんですけど、したら鈴木さんが「じゃあ、明日から来なよ」って。
鈴木
2005年の12月から今年は2008年ですか?この間の6月くらいまで、毎日通ってましたよね。
ーナレーションー
いまレンタルやセルでも人気のNHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』。そのディレクターのひとり荒川格さんは、なんだか麦わら帽子が似合いそうな人です。
荒川
段々、宮崎さんのところに通うようになってたんですね。あの頃。そうしたら宮崎さんが途中で「海が盛り上がるって、どういうことだと思う?」って言われたのを僕覚えてるんです。
鈴木
それがいつ?
荒川
2006年の1月です。それどういうことかわからなかったんですけど、『ポニョ』の大津波のことだと思うんですけど。「海面が盛り上がるのって、どういうことだと思う?」って訊かれて、「いやーどうなんですかねー」って(笑)
鈴木
僕は長野生まれだしって。
荒川
「全然海知らないんですよ」って。でもあの時ポッと訊かれて。宮崎さん本当に新作考えてるんだって知ったのがあの時。その直後ぐらいに鈴木さんから「じゃあ次、宮さんやってみたら?」って言われたんですよね。あの時の素材が今回の番組の重要なシーンで使われていて、あそこスタートシーンになってるんです。
鈴木
要するに、宮崎作品たしかにドキュメンタリー、メイキングっていう形で今まで色々あったけれど。そして『もののけ姫はこうして生まれた』なんて6時間40分のやつもあったけれど、いずれも制作が始まった途中からロケをしていると。この『ポニョ』に関しては、現在準備段階なんだと。その準備段階に宮崎駿は何をやるのか。これは面白いでしょうと。
荒川
もっと一緒にいたいなっていうのがあったんですよね。そばにいたらもっと面白いことがあるんじゃないかっていう。
ーナレーションー
荒川さんの渾身の力作、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀 宮崎駿のすべて~ポニョ密着300日~』。8月5日の夜10時から11時30分、NHK総合テレビで放送されます。
鈴木
イッヒー喋ったっていいんだよ?(笑)もうひとり『ポニョ』の宣伝で僕の補佐的なことを色々やってきた伊平容子さんです。
伊平
よろしくお願いします、
鈴木
荒川ってどういう人なの?
伊平
荒川さんは人の懐に入るのが上手な人だと思います。あとものを頼むのが上手な人だと思いました。気がつくと鈴木さんの懐に入ってるんですけど、言葉が直球だったり、たぶん嘘をついていなくて、こういう風にハンディーカメラひとつで宮崎さんのところに入って行ったのかなって。
荒川
宮崎さんがそれを言い始めたんですよね。「他人の布団にスッと潜り込んでくるやつだ、お前は。信用ならない」って言われたのは覚えてますね。
鈴木
プロデューサー室に誰がどこにいるかって書く欄があるじゃない?そこに「荒川」って書いてあったんですよね(笑)
荒川
途中「育児中」とか書かれてて。
鈴木
(笑)
鈴木
忙しかったよね?公私ともに。
荒川
だってあの時、家もすぐに帰らないといかないとか。鈴木さんは恵比寿だったし、いいじゃないですか。長野から来たら一度くらい東京の真ん中に住んでみたいな、とか思ったから。あとNHKが渋谷だから近いところにいれば、すぐに嫁さんとご飯一緒に食えるから。でも恵比寿とかお金高いから払えないですけど、一応探していて。
したら宮崎さんにそれ言ったら、すっごい怒られて。「あんなところは人の暮らすところじゃない。あれは鈴木さんだから住んでるんだ」とかすごい怒られ方をして。今でも覚えてますけど、「もう来なくていい。ああいうところに住もうと思うなら、もうお前は来なくていい」って言われて。
鈴木
そんなやつにロクなドキュメンタリーができるわけがない、と。
荒川
家でそんなに怒られるんですか?みたいな。しかも仕事と関係ないところじゃないですか。ものすごくビックリしたんですよね。子育てするんだったら、地面の見える土地でやった方が良いっていう宮崎さんの熱い気持ちだったんですけど。出入り禁止になっちゃったんですよ。その時に。
鈴木
荒川くんってさ、特徴のひとつとして、人と向き合わない。
荒川
え、どういうことですか?それ。
鈴木
奥さんとちゃんとここで話をしようっていう時も、目見ないでしょ?
荒川
え、見てますよ。見てるつもりだけど、、、
鈴木
見てるつもりだけど、ただ見てるだけ。心は別のところにあるみたいな。
荒川
そんなことはないですよ。
鈴木
それ違う?要するに、奥さんが「またジブリに行くのか」と。「それはあなた仕事じゃない」と(笑)
荒川
遊びにいってるんだと。なんか嬉々として出て行く、という風に言われたんですよね。「仕事に行くっていうのはもっと辛いとか、しんどいとかあるはずなのに、なんかあなた楽しそうに出て行く。遊びに行ってるんじゃないの?」みたいな。
鈴木
取材者と取材される側、なんていう関係は超えちゃったわけですよね。それどころか一緒にご飯食べたり、ほとんど同じ空気を吸って、同じ時間を過ごしたわけで。そういう仲だとつい皮肉の一つも言いたくなるんですけれど。
一個、彼の名誉のために言うと、彼はその準備期間中大変なことをやってくれたわけですよ。『崖の上のポニョ』、この映画を作る時に宮さんがいつも一人でものを考えいかなきゃいけないでしょ?そういう創作っていうのは孤独作業なんですけど、実はその孤独な作業をカメラに収めるっていうのがテーマなんで、収めると同時に実は宮さんと対話をするっていうのが出てきて。結果として何が起きたか。実は演出助手をそこでやっちゃったんですよね。だよね?
荒川
自分ではよくわからないですけどね。
鈴木
宮さんが毎日過ごしていく中で、毎日のように色んなことを思いつくでしょ?思いついたことを話す相手っていったら荒川くんだったわけですよ。荒川くんって結構素直なところがあって、面白い時は面白い顔をするし、つまんない時はつまんない時は顔、これは大変な才能なんですよ。宮さんに大変な影響を与えたんですね。それ。
荒川
どうなんですかね?それ。
鈴木
僕なんかも宮崎駿っていう人と付き合ってきて約30年。ある時期はそれをダイレクトにやってたわけですよ。ところが、色々やっていくうちにお互い裏も表も知り尽くして、改めてそれをやるっていうのは非常に照れ臭い関係に完全になってるんで、僕としては荒川くんが現れた時、これは飛んで火にいる夏の虫だったわけですよ(笑)普段僕はそういうことは荒川くんには言わなかったけれど、今日は改めて感謝します。
荒川
いやー鈴木さん。もう照れ臭いですよ、そんな言われると。でも「ポニョ来る」の時の描くシーンは印象的ですよね。
鈴木
あれは印象的だよね。
荒川
宮崎さんは大体、「20時に帰れ」って言うじゃないですか?「20時になったら、荒川くんは新妻の元に帰れ」っていう風に言って、あとは一人でやりたいって言うけれど、あのシーンを描く時はなんか帰さなかったんですよね。「早く帰れ」って言う割にはなんだかんだ話が続いてたりとかして、気づいたら22時くらいになってて。
一回目の取材の時の終わりに瀬戸内に行って、宮崎さんがどんどん集中していく中で、僕もずっとそこに居続けるっていうのが宮崎さんにとっても負担になっていって、、、
鈴木
準備期間中に荒川くんがそばにいてくれて、充分な役割を果たしてくれた。そうしたらもう要らなくなったんですよね(笑)
荒川
人間関係は使い尽くすものだと。それはまた回復するんだっていう。
鈴木
「もう終わったから、来るなよ」って言われるのよ(笑)
荒川
あの後に僕ガビーンときてて、なんかもう終わったなって思ってたら、白木さんから宮崎さんがこんなこと言ってましたよって、あの言葉を教えてもらったんですよ。
鈴木
なんだっけ?
荒川
「一度怒られたぐらいで、荒川はカメラ持ってこなくなった。取材者であったら怒られたぐらいで引き下がるんじゃなくて、怒られたらもう30センチ前に出るぐらいの覚悟でやらなきゃダメだ。そうじゃないとアイツはこの世界で生きていけない」と。もっと長かったですけど、今思い出すのはそれです。そういう風に言って貰えてたっていうのを聞いて、最後までちゃんと撮り切りたいなっていうのが自分の中であのロケの中でずっとあったんですよね。
伊平
それ鈴木さんもフォローされてました。「ああ見えても、荒川は心は傷ついてるんだ」って。
鈴木
俺、そんなこと言ったっけ?
伊平
ええ。フォローしてました。
荒川
いやー鈴木さんわかってくれてて、良かったです。
鈴木
(笑)
荒川
本当宮崎さんの取材辛いですよ。一番は去年の秋の時ですよね。宮崎さんが絵コンテ全然描けなくなって、あの世っていうものが絵コンテにどんどん出るようになってきて、ポニョと宗介が旅していく先があの世だっていうあの世のイメージが色濃くなってくるっていう時期があったんですけど、宮崎さんもそういう発言が多くなっていって。
そういう時期に宮崎さんすごい混乱してたんですけど、鈴木さんがパタパタといつもの雪駄の音をさせて歩いてきてバーっと雑談して帰っていって、そうしたら宮崎さんが「いま鈴木さんから黒い粉が落ちたの見えたか?」「え?黒い粉ですか?」って言ったら「黒い粉が降ってただろ?」って言われて。
鈴木
これ一般の人にはわかりにくいかもしれないけれど、創作で本当に困り果てた時、一種精神状態がおかしくなるんですよ。そうすると、あらぬ言動が出る。それを具体化しようとする人だから、それで僕に対して「体から黒い粉が出てる」と。それをスタッフの一人ひとりに確かめ始めるんですよ。
荒川
あの時に蕁麻疹出たんですよね。カメラを持ってて、両手から赤くなってくるっていうか。立っててもフラフラしたし。
鈴木
そこの悩みが深ければ深いほど面白いものになる。そういう状態に突き当たっちゃったっていうことだよね。
荒川
本当の取材者ならば、そういうところも撮るべきだと思うんですよ。「黒い粉見えたか?」というところもまざまざ撮っちゃうっていう。でも僕それ出来なくて。「黒いこ、、」って言った瞬間にテープ止めてるみたいな。「これはヤバい!」みたいな。ああいうところは自分で未熟だったなって今思えば。
本当の宮崎さんの創作者としての凄味というか、暗い闇ってやっぱりあるっていうのは、それは撮る撮らない、番組で出す出さないは別にして、自分がそこに逃げたっていうのはどうだったんだろうなっていうのは思ったりもしますけどね。
鈴木
イッヒーなんかもこの番組のジブリ側の担当として、取材に立ち会ったじゃないですか。宮さんの印象に残る言葉は何でしたか?
荒川
鼻かんでもいいですか?
鈴木
どうぞ。
荒川
宮崎さんとずっと一緒にいさせてもらって、「恥ずかしいものは作りたくない」っていうことをよくおっしゃる方だったんですよね。「自分は自意識がすごく強い人間だ」っていうのをおっしゃっていて、自分が人を喜ばせられなければ、存在する意味がないっていうこともチラッとおっしゃっていたことがあって、そういう風に思わせるものってどこにあったんだろうって。原点というか。宮崎さんをそこまで思わせるものって何だろうって訊いていった時に、幼少期のことらしくって。
鈴木
それを色々中身を訊いていって、関心したことが一点。これは誰もやったことのないことを荒川がやったんですよ。宮さんのお母さんの若き日の写真を手に入れた。これはビックリしましたね。あの一枚の写真は全て語りますね。
ーナレーションー
8月5日の夜10時からNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀 宮崎駿のすべて〜ポニョ密着300日〜』
鈴木
予告編になったでしょ?(笑)
荒川
上手いなーと思って。その語り口について口調も含めて。
鈴木
だって誰も手に入れたことがないんだもん。誰から入手したかは俺は聞きませんけど。悩んだけどね。それをやっちゃうと宮さんどう思うのかなと思って。
鈴木
イッヒー色々言ってたよ。宮さんの色んな言葉を。どれでもいいよ。一番良いやつを言おうとするとややこしくなるのよ。
伊平
ユウちゃんを抱っこしながらカメラを回してる姿。前に括ってましたよね?
荒川
おんぶ紐で。
伊平
おんぶ紐。だから宮崎さんは見えるんですよ。カメラを構えながらここにユウちゃんがいる荒川さんが。
荒川
嫁さんが風を引いて、もうどうしようもならないと。子供見ないといけないけど、でも今日はラッシュっていう週に一度の出来上がる映像をチェックする日があるって言って、しょうがないから娘を前に抱いて、デジカメ担いで宮崎さんのところに行ったら、宮崎さん大笑いして。すごく表情明るかったですよね。
鈴木
嬉しかったのよ。これは宮さんが荒川を見て、気持ちが晴れるんですよ。ジブリの年賀状って毎年宮さんが絵を描くんですけど、荒川くんが赤ん坊を抱いてカメラを回してる、この絵を描いたんですよ。
伊平
腕にはNHKって描いてましたね。
荒川
腕章つけてるんですよ。
鈴木
この2年半の荒川くんの人生は、もう一つの『崖の上のポニョ』だったんです。
ーナレーションー
NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀 宮崎駿のすべて〜ポニョ密着300日〜』
そのドキュメント番組は、たぶんきっと現実の演出家、鈴木さんの力作でもあるのかもしれません。
そういえば、もしかして、まさか、もう新しい番組が始まってたりするんですよね?
鈴木
西ジブリっていうのをジブリで作ることになって。この新しいスタジオを名古屋に作る。このスタジオが人を募集してますけど、当面50人の人を約10日間ジブリの方でどういう人が向いてるかっていうのを見て、その中から20人を選抜して、名古屋の方に行って、一本作品を作ることになってるんですけど。これを追いかけるっていうのはどうかと。いま荒川くんの方に提案をしておりまして。荒川くんの方から「それは面白い」と。
今日偶然だけど、イッヒーが「西ジブリっていうのはどうなってるんですか?」っていうのを訊かれたの。何でかなって思ったら、「私、西へ行きたい」って(笑)
荒川
西ジブリ行きたいんですか?伊平さん。
伊平
捨てるものが何もないので。
鈴木
捨てるものが何もないだって(笑)
荒川
名古屋と関係あるんでしたっけ?
伊平
全くないです。
(了)