鈴木敏夫のジブリ汗まみれを文字起こしするブログ

ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」の文字起こしをやっています。https://twitter.com/hatake4633

オンラインサロン『鈴木Pファミリー』のメンバーによる『かぐや姫の物語』について(後編) ゲスト:鈴木麻実子さん、小松季弘さん、小崎真寛さん、キョウヘイさん、竹森郁さん、内田周輔さん、沖田知也さん、清水慶子さん、町田有也さん

2023年3月19日放送の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

https://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol779.mp3

 

鈴木敏夫(以下、敏夫)

彼女は450騎でしょ?相手は万。その万の中へ450騎連れて突っ込んでいくわけ。これなんですか?その彼女の気持ちは。なんですか?竹森くん。死ぬことはわかってるんでしょ?これがわかると物語が作れるのよ。平家物語に書いてあるから、そこのくだりを読むと本当に面白いよ。どうして450騎で万の中へ突っ込んで行くんですか?

 

竹森

え、どうして?どうしてなんだろう。

 

キョウヘイ

義仲を逃したかった。

 

敏夫

違うよ。義仲への愛を貫くためよ。これがドラマっていうものなのよ。高畑さんってそういう激しいのが好きなの。ところが『平家物語』ってそれだけならいいけれど、一方で殺戮が無茶苦茶多い話なの。アニメーターでそれを描けるやつはなかなかいないんだよね。高畑さんが見込んだある男がいて、そいつだったら描いてもらいたい。ただそいつが「人殺しの映画は嫌です」って言って。なかなか大変だったんですよ。でも高畑さんの激しさはわかりましたか?

 

竹森

はい。

 

敏夫

そういう人なんです。

 

ーナレーションー

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は先週に引き続き、オンラインサロン「鈴木Pファミリー」のメンバーをお迎えして、2013年に公開された高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』について、鈴木さんと語ります。

 

「姫の犯した罪と罰

 

日本最古の文学物語『竹取物語』に隠された人間かぐや姫の真実の物語です。今週はこんなお話から。

 

竹森

宮崎さんはそういう衝動的な女の子が好きなのはなんとなくわかってたんですけど。

 

敏夫

高畑さんの方がすごいですね。

 

竹森

そうなんですか?

 

敏夫

そう。その激しさにおいてはね。だって宮さんの場合は守るじゃん?高畑さんの方は守らないよ。男も女も平等なの。そして自分の愛を貫くっていうのはこういうことだろうってやるわけよ。

 

鈴木麻実子(以下、麻実子)

(ざいました。じゃあ次うっちーさんお願いします。

 

内田

手描きのアニメーターっていうのはアニメーターの力量が大きいっていうことが、今回観て改めて思ったんですけど、私いちジブリファンとして宮崎駿さんの『紅の豚』のエンディングの手描きのアニメの動く絵っていうのがすごく観たくて。そういうのもアニメーター次第なんだろうなっていう風に思ったんですけど。今後、出来ればCMでも短編でもそういう映像が観れたらなっていうことがお話出来たら嬉しいなって思いました。

 

敏夫

紅の豚』のエンディングってなんですか?一枚絵がずっと並んでいくやつ?

 

内田

あ、そうですそうです。

 

敏夫

あれは雰囲気だから(笑)

 

内田

あとは『ナウシカ』の水彩画ですとかアナログな感じの絵ってあるじゃないですか。ああいうのが動く絵が観たいなっていうのが。

 

敏夫

うっちーさんだから、たぶん観てると思うけれど、宮崎駿の一番すごいシーンって知ってますか?そのぐらい凄まじく描いてるシーンがあるんですよ。

 

内田

いっぱいありますけど、、、

 

敏夫

一つしかないんです。いっぱいはないの。残念ながら。

 

内田

飛行シーンですか?

 

敏夫

違います。

 

キョウヘイ

千と千尋』の銭婆に会いにいく電車のシーンですか?

 

敏夫

あれは彼の技なんですよ。でも激しいっていうのでいうとね、『ホルス』まで遡るんですよ。『ホルス』のラストです。みんなで戦うでしょ?モブシーンってうっちーさんならわかるでしょ?人がいっぱい出てくる。

 

内田

はい。

 

敏夫

縦横無尽に人が入り乱れる。あれ描けたのは宮崎駿ひとりだけ。観るとわかりますよ。あんなものを描けるのは宮さんしかいないし、宮崎駿ももう二度と描けないんですよ。ぜひ観てください。

 

内田

観てみます。

 

敏夫

これが一番です。凄まじいです。何しろ人々の動きだけでその広さまでわかる。それがアニメーションですよ。と僕は思います。ちょっと『かぐや姫』から外れちゃったけれど。

 

内田

あともう一個。高畑さんの音楽の趣味っていうのがすごく興味深いんですけど、敏夫さん自身も何か影響を受けたものがもしあればお訊きしたいです。

 

敏夫

思いついたこともあるんだけど、ちょっと言いづらいこともあって(笑)オブラートに包んで話すのがなかなか難しいんだよな。とにかく高畑さんっていうのは音楽を自分で勉強した人だから。単に好きなだけじゃないんですよ。音楽聴くでしょ?目の前で五線譜に採譜出来るんですよ。それは僕らは勝てない。

 

でも僕は勝ちたいと思うでしょ?例えば、『山田くん』で矢野顕子さんにやってもらうんですけど、僕が「音楽は矢野顕子さんでいきましょう」って言ったら、本当に悔しそうな顔をしたんだよね。なんでか。高畑さんは矢野さんをすごい評価していたわけ。僕に対してすごい失礼なことを言ったんですよ。「まさか鈴木さんの口から矢野さんの名前が出るとは思わなかった」って。俺なんか「あ、そうですか?」って言ったら、こういう言い方をしたんですよ。「だって矢野さんの音楽は高級な音楽ですよ」って。これどういう意味ですか?(笑)

 

内田

失礼ですね(笑)

 

敏夫

失礼。でもね、音楽を詳し過ぎるから高畑さんって単純化出来ないところがあるんですよ。僕なんか単純化してパッと言えるっていうのは戦いでした。いつも。

 

内田

ありがとうございます。

 

♢♢♢

 

麻実子

じゃあ次オッキーさんお願いします。

 

沖田

今回私、映画館で観た以来でして。自分でも驚いたんですけど、結構笑うというかですね、笑顔になる場面がすごい多かったですね。もしかしたら高畑監督の作品の中で一番笑顔になったかもしれないんじゃないかっていうぐらいで。子供もよう笑ってたんですよ。

 

敏夫

へぇー。一緒に観たんだ?

 

沖田

あ、そうなんです。鈴木さんがよく言われるひたむきな姿って笑えて悲しくて、胸を打つ感動があるんじゃないかなって思うんですが、それは高畑監督が割と主役を小さいものっていうんですかね。か細きものっていう言葉がありますが、そういう側に置いてるので、常に笑える場面もどこか切なさが残ると思ったんですよ。

 

敏夫

ユーモアが好きですよね。

 

沖田

そうなんです。それで鈴木さんにお訊きしたいことはですね、高畑監督の笑いの感性についてなんですが、鈴木さんが高畑さんのお笑いについてはどのようにご覧になってたんでしょう?

 

敏夫

どうなんだろうな。やっぱり高畑さんは関西の人だよね。生まれたのは伊勢。最終的には岡山。そういうことでいうと、良くも悪くも関西の笑いの感覚。だから高畑さんの作品でお客さんが一番喜んだうちの一つは、『じゃりン子チエ』だよね。映画もさることながら、テレビシリーズが関西ではすごい視聴率だったんだよね。そういうのは本当に好きでしたよ。高畑さんはむしろ憧れてましたね。『じゃりン子チエ』のテツに。誰よりもテツのことが大好きだった。

 

沖田

普段も皆さんをジョークで笑わせる、、、

 

敏夫

笑わせるのも好きだった。『男はつらいよ』も好きだし。だからそういうのは好きでしたよ。気難しいだけじゃありません(笑)

 

麻実子

高畑さんって寅さんに似てるよね?顔。

 

敏夫

それ言ったら、高畑さん怒っちゃった。

 

麻実子

そうなんだ(笑)

 

敏夫

それは冗談通じないのよ。

 

麻実子

嫌なんだ、それは(笑)

 

敏夫

そう、嫌なんだよ。難しいんだよ。

 

麻実子

じゃあ次、慶子さん。

 

慶子

私も麻実子さんと一緒で『かぐや姫』が一番大好きなジブリ作品です。高畑さんの作品が好きなんですけど、中でも大好きなんですよね。ひとりの女性としてのより本質的な心情を捉えてるっていうところがすごい素敵だし、そこにすごく共感出来るっていうところがポイントかなって思ってます。

 

例えば、映画の中で当時のこうあるべき幸せな形、高貴な姫君になることが幸せっていうことを半ば強く求められて、そこに対して純粋に反発したり、疑問に思って「なぜ?なぜ?」って問いかける彼女の自由に生きていきたい姿みたいなところも、今もそういう部分があると思いますし。

 

あと男性にとって、権力とか見栄とか飾りとして、アクセサリーとして見られる女性をしっかり描いてるっていうところがすごいなって思いましたし。

 

さっき敏夫さんがおっしゃった、男も女も関係なく平等っていうところでは、男女というところを取っ払って、最後、鳥、虫、けもの、草、木、花、人の情け、というところに彼女がこの地に生きる意味とか彩りを見出しているという、人間性の本質を捉えてるっていうところですごい素晴らしい作品だなって思っていて。

 

高畑作品に通底する高畑さんが描く女性のリアリティみたいなものが好きなんだなって思っています。それで敏夫さんもたまにおっしゃるんですけど、宮崎さんの女性感と違ってるなって思っていて。宮崎さんは敏夫さんの言葉でいうと、憧れを女性にのせるっていうか、理想を込めた、女性はこうあって欲しいっていうのをのせてくると思うんですが、高畑さんはそういったところを取っ払って本質的に女性を捉えてる気がしてて。なんで高畑さんってこんなに女性の心情を捉えるのが上手なのかなっていうか、なんで女の人の心をそんなにわかるのかなっていうのがすごい疑問なんですね。それって敏夫さん、どうしてだと思いますか?

 

敏夫

モテた。

 

慶子

そうおっしゃってましたよね。

 

敏夫

半端なモテ方じゃなかったんですよ。

 

慶子

ジブリの中でもモテてたんですか?

 

敏夫

若い時がね。ジブリへ来た時は年寄だから。

 

慶子

東映動画時代ってことですか?

 

敏夫

そう。だって毎朝彼が出社する前に、彼の机の上はお花でいっぱい。みんなが競って。そしてみんなお手製のお弁当がワッと来るわけ。高畑さんは自分で買ったことがない。その弁当を狙ってたのが大塚康夫っていう人で。やっぱりモテた人って、女性の見方が違うんじゃないかな。

 

高畑さんと宮崎駿、両方のことを知っていた大塚さんと仲良かったからついでに訊きたくなるじゃない?汗まみれをよく聴いてる人は聴いたことはあると思うんだけど。「宮さんはどうだったんでしょう?」って訊いたら「モテなかったね」って。僕が「なんで?」って言ったら「顔!顔だよ」って。

 

でもこれね、本質を言ってる気がするのよ。やっぱりモテない人って女性を理想化するんですよ。理想化して描く。やっぱりモテる人は理想化しないもん。これはしょうがないよね。高畑さんって見てると、人から見たら「え、何?そんなことを」っていうところが、本人にとってはものすごい大事なこと。そういうのを描くのは得意だったよね。要するに、人から見たら大したことがないのに本人にとっては本当に重大事件。そういうものを抱えるのが普通の人だと思ってて。それを男女の区別なくちゃんと一人ひとり描く。これは高畑さんの大きな特徴だと思うんだけどね。

 

慶子

高畑さんのそういう視座っていうか、感性ってどういうところで磨かれたと感じられましたか?

 

敏夫

僕ね、さっきオッキーの時にチラッと言ったんだけど、関西だと思う。これ本当にそう思うんですよ。出身どこだっけ?

 

慶子

私は葛飾です。

 

敏夫

でしょ?なんでかっていうと、これはこういう場だから言っちゃって構わないと思うけれど、男女差別って関東だと思うよ。関西はみんな女性尊重。女性尊重しないと生きていけないのよ。関西って。

 

♢♢♢

 

敏夫

一番有名なのは谷崎潤一郎っていう人。谷崎潤一郎っていう作家、東京にいた時の女性と京都へ行ってから書いた女性が違うのよ。簡単にいうと、東京にいた時はお淑やかなのよ。女性たちが。ところが京都へ引っ越したあと、女性たちがみんな強い。これ結構面白いんだよ。だからやっぱり関西にはそういう伝統がある。

 

近松門左衛門っていう人もそうなのよ。そんなに勉強してるわけじゃないんだけど、あの人が描いてる女性はみんな自立してるのよ。どういう女性が好きかって、すごい大きいことのような気がするね。

 

今ここに小松くんもいるんだけど、小松くんも関東の人だなって思うのはね、女性を自分がなんとかしてあげようっていう風に思う。これって関東的なのよ。ところが関西は違う。なんとかしてくれるのは女性の方なのよ。これ決定的な差だって気がするのよ。高畑さんはそういうところで生まれ育ったんですよ。

 

慶子

高畑さんって奥様もすごく素敵な方なんじゃないかなって、本とかインタビューで端々に出てくる印象で感じるんですけど、どっちかというと内助の功的な方なのかなって思ってたんですけど、高畑さんが生涯のパートナーに選んだ方は同じように自立した強いみたいな方なんですか?

 

敏夫

自立じゃない。これがまた複雑なんだよね、人間って。奥さんは職人さんの娘さんなんですよ。いわゆる関東の人なのよ。映画ではそうやって女性を描いてるくせに、実生活では威張ってるんだよね。これは不思議でした。

 

慶子

不思議ですね。

 

敏夫

本当。でも僕は基本的に関東と関西では、一番違うのは女性。

 

麻実子

ちなみにこの間、ある人が「鈴木さんは絶対モテる」って言ってたけど、パパはモテるの?

 

敏夫

ああ、ありがとう(笑)

 

麻実子

じゃあ町田さんが手を挙げてくれているので。

 

町田

高畑さんについて、僕一番好きなアニメーション演出家なんですけど、何がすごいかっていうと、よく資料に書いてあるのが「クソリアル」っていうのが高畑さんの代名詞になってると思うんですけど、その点に関して、高畑さんの作品で例えば、『おもひでぽろぽろ』で小学生の女の子の生理を描くとかですね、今回の『かぐや姫の物語』でいくと、かぐや姫の眉毛を抜くっていうシーンがあったと思うんですけど、この辺の表現っていうのはアニメを観ている中で全く他では観ることが出来ないものだと思ってるんですけど、鈴木さんはそのあたりについて訊いてみたくてですね。

 

敏夫

高畑さんは男女差別は絶対嫌いだけれど、しかし一方で男と女は違うと思ってるんですよ。それが高畑さんの大きな特徴です。

 

町田

まさに性的なものの違いっていうのをきっちり、、、

 

敏夫

それはやらないといけないと思ってるんですよ。僕もそれはよくわかります。

 

町田

理解が出来ました。ありがとうございました。

 

麻実子

最後、話したい人いますか?

 

キョウヘイ

一つ訊いてもいいですか?

 

敏夫

はい、どうぞ。

 

キョウヘイ

こんかい、鈴木さんは企画っていう立場で参加していて、西村さんがプロデューサーをやられて、『かぐや姫の物語』を作るというところでも、僕は観ていて西村さんの切実さと、かなり年輩の高畑さんと格闘のように過ごされたなっていうところを感じていて。鈴木さんは俯瞰的に見られている中でどういう風に西村さんと対話されたのかなと。

 

敏夫

現実問題、映画が出来なきゃいけないわけじゃない?だけど僕はこの『かぐや姫』に関しては、公開日決めなかったの。出来てから決めようと思ったの。でないと、色んな人に迷惑がかけるから。だけど一方で、いつ出来るっていうのはあるわけで。そういう細かい話はかなり西村と積み上げました。

 

キョウヘイ

ありがとうございます。

 

麻実子

小松が今日喋ってない気がするから、最後にシメでお願いします。

 

小松

やっぱり世界最古の物語っていうけど、現代でもこのテーマが同じっていうのが、人間って昔から同じなんだなっていうのはこの物語で感じましたね。こんな昔から都に憧れて、、、 

 

敏夫

それは高畑さんなんだよね。

 

小松

あ、そうなんですか。

 

敏夫

原作に書いてあるわけじゃないもん。

 

小崎

月に行くのを嫌がってるじゃないですか。月の捉え方は人それぞれだと思うんですけど、仮に死の世界だとしたら、死の世界が迫ってきてようやくこの地に生き続けたい、みたいな生への実感を感じるみたいな、最後、捨丸と空飛ぶシーンとかあって。そこら辺って宮崎さんの作品の「生きねば」というキャッチコピーと被るとこがあるかなと。

 

敏夫

被るの?対局じゃないの?宮さんと高畑さんって水と油だと思う。そんな二人が一緒に作ってたから、それが面白かったよね。

 

(了)