2008年7月29日配信の「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」です。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol43.mp3
※文中に出てくる「田居」さんは、ジブリ出版部の田居因(たいゆかり)さんという方です。
ーナレーションー
ポニョが美術館にやってきました。
司会
東京都現代美術館館長、日本テレビ放送網株式会社・氏家齊一郎代表取締役、取締役会議長より皆様にご挨拶申し上げます。
氏家
皆様、お暑いところお集まりいただきまして、誠にありがとうございました。私もいま見て参りましたが、なるほど、この映画はこういう風に出来ちゃうんだなっていうレイアウトがたくさんありまして。
ーナレーションー
一昨日金曜日から、スタジオジブリレイアウト展が始まりました。
鈴木
おはようございます。スタジオジブリの鈴木でございます。ジブリはですね、この展覧会の企画製作・協力というのをやらせていただきました。僕がやったことでいうと、レイアウト展っていうのをやってみないか、と。このレイアウト展。耳慣れない言葉だと思います。僕らの業界の専門用語なんですけども、なんでそんなことを考えたかっていうと、このレイアウトっていう仕事はですね、宮崎駿がアニメーション界に入って45年になるんですけど、、、
ーナレーションー
「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる」とサブタイトルがついたこのレイアウト展。
『ハイジ』から『ポニョ』まで、鉛筆で描かれた1300店もの絵は、その一枚一枚に高畑さんや宮崎さんの慈しみが滲んでいます。
女の子1
トトロの絵がすごい可愛くて。
女の子2
ポニョ。細かくやってすごかった。
女性1
『千と千尋の神隠し』のところが本当に迫力があって、感激しました。
男性1
『未来少年コナン』とかジブリの前のところなんかの宮崎さんのコメントがすごく面白かったですけども、ラナがマストに括り付けられてるようなところで周りの動きの部分と止まっている静の部分の対比を描きたいんです、みたいなのが書いてあって。表現したいっていうのがすごく伝わってきたんで。
女性2
拡大されてるのとかもあって、いくら大きくなっても素晴らしいっていうのと、デッサンとかが素敵なのでは。
女性3
細かいところまでそういう指示がされていて、例えば、ここはセル画に、とか、ここの色はこういう感じで、とか。
鈴木
おかげさまで岩波書店から宮崎駿の『折り返し点』という本、これは7月16日でしたっけ?
古川
はい。
鈴木
それでおまけで付録ですかね?『仕事道楽』っていう僕の本を(笑)
古川
おまけじゃないです(笑)
鈴木
出していただくことになって。その宣伝のためのポスター。これって書店用ですか?
井上
そうです。
鈴木
僕と宮さんの写真がまさかこんなに大きく使われるとは思わなかったっていうのが一つと、もう一個は、タイトルより名前が大きいですよね。
井上
そうですね。
鈴木
真ん中にポニョがあって、両端に僕と宮さんがいて、一番下に「鈴木敏夫vs宮崎駿」って、「vs」ってウソですけれど(笑)これはある人に見せたら、K1の試合かなって誰かが言って(笑)全体を宮崎駿の顔でやる、それで『折り返し点』って入って、囲みでこの『仕事道楽』ってやるとどうかなって(笑)
井上
いや、これでいきましょう。違和感ないよね?
古川
違和感なく。
井上
まさにこのために撮ったのかなっていう写真ですよね。
田居
井上さん、上手!
鈴木
古川さん、正直なこと言って?
古川
いや、正直ですよ!ほんとに(笑)
鈴木
僕はタイトルってね、前も話したかもしれないけれど、やっぱり単純明快なタイトルって好きなんですよね。
井上
単純明快ですよね。『折り返し点』。
鈴木
あらゆるもののタイトルって、いま長くなってる。で、色んなサブがついたり。僕よく言うんですけど、王貞治がハンク・アーロンの持ってた世界記録を超えた日、これをタイトルにするとどういうタイトルになるか。答え。『NHK特集 王貞治』。
古川
それだけですか?
鈴木
終わり。
古川
それは凄いな。
鈴木
でしょ?
古川
ええ。一本とかなんとか入らないんですか?
鈴木
何にも入らない。余計なこと入れなくたってわかってるだろ?ってことだよね。
井上
そのポスターの精神ですね。
古川
(笑)
鈴木
やっぱり宣伝って難しい仕事ですね。
井上
いや鈴木さんに言われると、なんて言っていいんだか(笑)
ーナレーションー
7月16日に発売された宮崎さんの本のタイトルは『折り返し点』。1997年から2008年の10年間の宮崎監督のエッセイや対談を集めた分厚い本で、うーん、なんか宮崎さんの秘密がわかりそうです。
井上
今回、映画の『ポニョ』があるということもあって、その時に宮崎さんが、、、何年ぶりだ?
鈴木
3年半ぶりですね。
井上
ということとね。
鈴木
タイトルとしてはすごいな。なかなかないですよ。こういう宣伝。ありそうで。なんでかっていったら、単純明快だから。余計なことは説明しないと。それはね、買う人が勝手に考えろ、ですよね?
井上
だから良いセンスしてるでしょ?
古川
(笑)
田居
負けてますよ?鈴木さん。
鈴木
ずっと負けてるのよ。井上さんには。どうしたらいいの?これ(笑)
ーナレーションー
18日に発売された鈴木さんの本のタイトルは『仕事道楽』。
鈴木
改めて、岩波書店の井上一夫さんで(笑)販売の責任者をやってらっしゃって、なおかつ元編集者なんで、この『仕事道楽』の企画もしていただいて。それで岩波新書で出すということでその担当者の古川"ギコ"こと義子さんがゲストなんですけれど。
井上
なんとなく思ったのは最初の時なんですね。『ゲド戦記』の時にご挨拶に伺ったんですね。何が面白いってね、鈴木さんは作らせる側でしょ?作らせる側というのは、作る側のことを考えながら差配していくわけじゃないですか。すると、その人間関係を作っていく側にいるわけですよね。それは僕らの出版の仕事に似てるわけですよ。面白かった。なるほど、こういうこと考えてるのかって。もっとこれ訊きたいなって。やや自分に引き付けてですけど、そういう風な気分があったもんだから、こういうものってみんな面白がるよっていうのがあったんで。
鈴木
そんな品の良い言い方じゃなかった(笑)
井上
(笑)で、これあとがきに書いてあったんだけど、高畑さんや宮崎さんの真似はどう逆立ちしても出来ない。あの人たちは天才であるということからするとですね、鈴木さんの真似を出来るとは言ってないと思うんですけど、例えば、相手にどう相槌を打つか、これが非常に大事で。そのためには相手と教養を同一にしなきゃいけない。あ、なるほど、と思ったんですけど。どんな仕事をやるにしても考えなきゃいけないことって、どんなことがあるのかなっていうのが一番興味あったんですよ。
ところが、色々お話を伺ってると、そういう風なこともあるんだけど、それよりはその時にしかなかったこと。例えば、『となりのトトロ』の時とか、その時にこんなことを宮さんが言ったんだ。こんな時に高畑さんが拘ったんだっていうような、ものすごい具体的な話がいっぱいあるんですね。それはどこかで応用が利くっていう風なものではない。すぐ応用出来ますよっていうものではない。だけど、そのことをどういうことだったんだ、って訊くことがどこかで肥やしになっていくっていう、そういう性格だなっていう風に思ったんですね。だから途中からはもっと具体的な話をどんどんして下さいっていう方向になって。
鈴木
怖くなったんですよ、僕が。ご注文は仕事作法だったんですよ。汎用性のある。それは無理に色んな共通項引っ張り出してまとめることは出来るけど、それを自分で口に出したら、怖いと思ったんですよ。
井上
自分が言った最初の質問を覚えてるんですけど、「仮に僕と古川がですね、ジブリの新入社員だとして、新入社員にどういうことを喋りますか?その通りに喋ってくれませんか?」って言ったんですよね。「それは、、、」という話になったんですが、なるほどな、と思ったのは、整理をすることをしたくないんだ、と。あまり覚えていてどうのこうのじゃなくて、自分をまっさらにしておきたいんだっていう話が始まりましたんで。それはそれで面白い。一個一個は別の仕事をやっている人間からすると、即役に立つっていう話じゃないんですよね。でもそういう瞬間があるっていいな、とかね。そういうことで悩むって面白いな、とかね。いわゆらマニュアルじゃなくて、面白い経験を訊くっていう。そういう意味でまとまっていったんじゃないかなって思いますけど。
鈴木
僕は感心したんですよ。高畑・宮崎の二人がいて、あの二人は天才だと。普通の人は真似は出来ない。しかし鈴木のやっていることだったら真似は出来る。平たく言っちゃうとそうなんだけど、あれは感心したんですよね。実は。
なんでかっていったら、自分の中で何かやろうっていう時に、僕は特別なことをやろうとか、気を衒う(てらう)ってあまり好きじゃないんですよ。割と正攻法でやってるつもりなんですよ。だからやらないといけないことをチェックリストにして、それを一個一個やっていくのが僕のやり方だから、ちょっと引いたところで見るとね、すごい良いところを突かれたな、って僕は思ったんですよ。
井上
よくあんな大それたことを言ったしまったと思ってますけど(笑)
鈴木
色んな出版社からお話はいただいてたわけですよ。しかしこんな失礼な誘われ方をされたのは初めてだったんで(笑)よくよく考えてみると自分がやっぱりやってる。あとがきにそこら辺について触れるわけですけど。自分がやってる時は気がつかなかったけど、人にやられると随分印象に残るなっていうね(笑)自分でわかんないんだと思いますよ。僕もずいぶんやってるんですよ。たぶん。
この番組でもね、ディレクターの服部さんにしょっちゃう言われるんですけど、「最初にかます」って言われるんですけど、やっぱり失礼なことを言って、それで巻き込んで話すっていうやつなんですよ。人ってそういうものなんだなって改めて思いましたよね。人に利用されるのも悪いもんじゃないなって改めて思いました(笑)
男性
ポスターもね。
鈴木
はい、負けました(笑)
男性
間髪入れずに「これでいきましょう」って。
鈴木
そう!タイミングの良さなんですよね。あの一言聞いた時に「ヤバイな」っていうやつでしょ?僕自分がそれ得意だから、人にやられるっていうのは辛いものですね。それだけですよ。それが悔しかったから、何とかならないかってやっているうちにこんなことになっちゃったんですよ。
男性
あとがき悔しそうですよね?
鈴木
はい、悔しそうですよ。結局、自分の負けたことをクドクドと書いただけだから。そういうことでございました。
古川
勝たせていただいて(笑)
鈴木
決め台詞ってあるんですよ。
ーナレーションー
鈴木さんの本『仕事道楽』には、レイアウト展の鉛筆画のようなジブリの現場の懐かしい風景がたくさんスケッチされています。
例えば、41パージには『ナウシカ』の頃のこんな修羅場が。「飲み屋に行ったら、宮さん日本酒をガブ飲みするんですよね。それまで僕が見たことのない宮崎駿です。気がついたら泣いてるんです。涙が止まらないんですよ。とにかく浴びるように飲んでる。そしてポツンと言ったんです。『俺は高畑勲に自分の全青春を捧げた。何も返してもらっていない』。それ以上は聞かなかった」。
古川
やっぱり鈴木さんは夢を実現されている方だと思うんですよ。仕事が道楽と結びつけられる人って本当に少ないというか、そう思えている人って本当に少ないと思うので、そこでそう思えてない人に手に取ってほしいという思いがすごくありますね。
鈴木
僕の場合、逆なんですよね。道楽だと思ってないとやってられない、っていう人に出会っちゃったんですね。だから仕事を道楽にしようと思ったことは、一度もないんですよ。
古川
もちろんそれはそうだと思います。
鈴木
結果論なんですよ。宮崎駿という人をはじめ、僕が出会った人この本の中にも4人ぐらい出て来るんですけど、みんな無茶苦茶ですよね。言いたいことは言う。だからある意味でそういう人が減ってるんでしょ?世の中としては。元々少ないのかもしれない。
井上
でもどこか感じてると思うんですよ。つまり、仕事の中に道楽っていうか、自分が好きなことをやるっていうね。念が入ってないと仕事はやっぱり面白くないし、本物にならないよねっていうところを感じていて。仕事の全部が道楽であるはずはないけれど、仕事の中に仕事という風に真面目な言葉で捉えてはいけない部分って、たぶんどこかにある。そういう風にとってもらえれば良いんじゃないかなと思うんですよね。
鈴木
なんか負けたね。負けました。
(記者会見において)
アニメーションをやっていくと、若い人の生き血を吸っているようなところがあるんですよ。でももう吸えなくなったんです。これが。胴体が細っていて、これはダメだっていう。
鈴木
僕のことを生涯許さないって言ってますからね(笑)
それは滑稽なんですよ。そんなものはどうでもいいんですよね。自分がいつも決断して参加したことなんだから、許すも許さないもないんですよ。そんなこと関係ないですよね?布団に入ったのでアンタでしょ?っていう。僕は高畑勲とくっついて一緒にやって、何の矛盾も感じないまま、もう女房よりも長い間過ごすみたいなことをずっとやってきた結果、ある瞬間に耐え難くなってプツンと離れる時が来るんですよ。その次に出会った時がまた別の関係になるんですよ。
ーナレーションー
ということで、飲み屋で「青春を返せ」と泣いていたイタイケなアニメーターも生き血を啜る怪物に。ジブリではいま新しいアニメーター集団を作ろうとしています。
宮崎さん鈴木さんに生き血を吸われてもお釣りが来るくらい活気盛んな若者よ、来たれ。
鈴木
仕事って長い間やっていれば、経験を積む。そういうことでいうと、色々覚えたことってたくさんあるんですよね。ところがそれに囚われていると、何か新しいことを始めようとすると、実は失敗率が高い、と自分で思ってるんですよ。
だから物事を始まる時に、どうすれば自分が初心に戻れるか。経験を重ねれば重ねるほど難しいわけですよね。どうやってやったら、自分をそういう状態に置けるか。これが毎回テーマですよね。まっさらな状態に置いて、自分がまるで初めて仕事をやるような状態。そうなると、色んなことに好奇心が持てるし、なおかつ色んなアイディアが出てくる。そのこととも関係があるって思ったんですよね。
だから僕宮さんっていう人を見てると、ある時ハッと気がつくんですけれど、宮さんという人もそうなんですよ。例えば、『もののけ姫』っていう映画も約10年前ですからね、彼60に近いですよ。だけど、出来上がりつつある映画を観て、ちょっと驚いたんですね。なんで驚いたか。
要するに、新人監督が途轍もないテーマを抱えて、それをなんとか具体化しようと悪戦苦闘。上手な映画じゃないんですよ。しかし、その抱えたテーマの大きさをなんとか具現化しようとして、ジタバタしてる。それが迫力になって伝わってくる映画なんですよね。これは感心したんですよ。だって60に近いわけでしょ?普通、今まで培ったものの先にあるものを目指すじゃないですか。ところが、そうじゃなかった。それをあの年になって出来たというのが、その後のまた10年を支えてるから。だから影響もあるんでしょうね。
今回なんかも、やっぱり宮さん自身が進化しましたよね。自分が知っていたことだけで付き合おうとしたら、それは上手くいかないんですよね。どうなるかわからないけれど、自分もある所まで行ってみる。そういう経験は面白かったですよね。スリルとサスペンスがあって。これからのことですけど、どうなるかは。
今度の『ポニョ』って、なんか嬉しいんですよね。時間は止まってくれないんで。今日は宮さんに言いましたね。こんなことを言ったのは初めてだけどね。「今作は傑作である」って。
田居
すごーい!喜んだでしょ?宮崎さん。
鈴木
すごい喜んでた(笑)
田居
そりゃ喜ぶでしょう。
鈴木
ちょっと恥ずかしがったですけどね(笑)
古川
これで完成です。
鈴木
はーい(笑)