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ポッドキャスト版「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」「未来授業」の文字起こしをやっています。「未来授業」は2020年4月分からです。文字起こししてほしいものがあれば、ツイッターのDMに連絡下さい→https://twitter.com/hatake4633

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ:アニメーター・近藤喜文とは?

 ラジオ音源です

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol368.mp3

 

2014年8月2日放送の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

この回は、文春ジブリ文庫第9弾である「耳をすませば」のインタビューの内容となっています。

 

・「耳をすませば」が映画になったきっかけとは?

鈴木敏夫:近ちゃんは本当は児童書みたいなのが好きなんだけど、それだと華がない、艶が出ないかもしれないから、というので持ち出したのが「耳をすませば」なんですよね。この「耳をすませば」というのは、宮崎駿がいつも夏はそこで過ごしているんですが、信州信濃境にあった義理のお父さんのアトリエ。そこに僕とか息子の吾朗くんもいましたけど。そして何故か庵野秀明とか押井守とかがいるんです。で、そこの最大の特徴は電話がないこと。和風の日本家屋で世間から隔絶されてた場所で、新聞もとってないから、世間から本当に遮断されるんです。そうすると、夜になると何もやることないわけですよ。昼間何してたかといったら、宮さんが好きだから周辺を散策。それが終わって飯を食ってお風呂に入ったら、他にやることがない。そしたら宮さんが奥の方へ行ってゴチョゴチョしてるんです。そのアトリエはかつて、宮崎駿の奥さんのお父さんの親戚が入れ替わり立ち替わり集まる場所で、姪たちが昔よく来てて、漫画雑誌を買ってそれをみんなで読んでたんです。そこに残ってたものがあって宮さんが勝手にそれを読んだりして。そしていきなり「鈴木さん、ちょっとこれ読んでみてよ」って渡されたのが「りぼん」の「耳をすませば」だったんです。それを読んでへぇーなんて思ってたら、みんなで回し読みして、宮さんが言い出したのが「これって一回分しかないけど、この前はどうなっていたんだろう」って。で、ひとしきり喋ると「後は?」ってことになる。そんなことやってると、これが毎日遊びになるんです。それでもう一冊あったのが「なかよし」。これが「コクリコ坂から」。この二つがあったんだけど、宮さんが10年か15年経ったとき、近ちゃんなら「耳をすませば」がいいんじゃないかっていうことを言うんです。

 

・経営者としての資質もある宮崎駿

鈴木敏夫:映画にしていくときに、近ちゃんはアニメーターとしては優秀だけれど、監督としてやってくときにどうなやり方があるのか。ジブリは、監督に全て委ねてしまうというやり方で、高畑さんと宮さんの場合は、それで上手くいった。いわゆる監督中心主義ですよね。それで近ちゃんの場合は初めての経験だから、企画中心主義でやろうじゃないかと。企画中心主義というのはどういうことかというと、プロデュースサイドでシナリオおよび絵コンテを作って、それを演出家に提供するということ。宮さんは制作プロデューサーだったかな?まずは宮さんが絵コンテを描くっていうことになるんです。で、宮さんが細かいこと言い出すんですね。「小品」を作ろうって。大作ではなく小品を。構えが大きいものばっかり作ってきたから、そうではないものもやらなきゃいかん、と。近ちゃんがやるにはそれが相応しい。それで二つ決まるんです。ジブリの絵コンテって、描いたものがカメラワークになってるんで、他のアニメーション会社に比べて絵コンテの一コマが大きかったんです。それを宮さんが言い出したのは、テレビ用の小さいやつにしようと。それが小さければカメラワークなんだから、色んなことが小さくなることで書き込めなくなるから、作画も楽になるだろうと(笑)そういうこと考える人なんですよ!経営者なんですね、一方で。で、始まって上手くいったかというと、ここにおいては失敗するんですね(笑)なんでかというと、宮さん自身が小さいコマの中に絵を描くことをずっとやつていなかったから「こんなんじゃ描きにくい」って言い出してね(笑)細かいことは忘れましたけど

Bパートまでは小さいやつでやったんですけど、Cパートからは「デッカいのじゃないと、気が済まない!」って言い出して(笑)それで大きくなって結局元の木阿弥なんです。

 

 

鈴木敏夫:絵コンテを描いてく中で、雫っていう女の子が物語を書くシーンがあるんですけど、そこは自分がやるって言い出したんですよ。そのパートだけ。

柳橋:絵コンテだけに留まらず?

鈴木敏夫:そう。演出も。井上直久っていう関西の茨木市に住んでるイラストレーターがいて、この人が描いたイバラードを見つけてきて、この世界を借りると物語の世界にピッタリ。で、宮さんがジブリの美術の人に「この人の絵を見て真似しろ」っていうんです。で、僕は井上さんのを真似するんだったら、井上さん本人に描いてもらえばいいじゃないか、と。それが宮さんの中になかったんたけど、大阪に住んでるかもしれない、でもそういうことだったら多分来てやってくれますよ、と言い交渉してみたら彼がやるといってくれて。で、そのシーンは井上さんの協力のもと作ることになりました。これによって宮さんの介入が少し弱まるわけです。

柳橋:なるほど。

 

 

鈴木敏夫:映画の制作が進むうちに、小品と言っていたけれどこれは小品とは名ばかり。大作とは言わないけれどそれに匹敵するようなものになりつつある。というと東宝かなと。東宝の相談役になられてる高井英幸さんという方がいらっしゃるんですけど、その人に急遽相談に行くんです。そういう構えでやってたから言いに行くのが随分遅いんです。もう作品が決まってて、割り込むのは大変だと思ってたんです。だけれとこれはゴリ押しをしてでもやらざるを得ないので、相談に行くんです。高井さんにそういうわけなんで、夏にぶち込んでくれないかと。そうしたら高井さんが言うには、「もう埋まっちゃってることは鈴木さんもわかってるでしょ?今からやるとしたら冬しかない。そこでどうかな?」と。そんなことしちゃうと制作費が高騰しちゃうから、僕としたらそういうわけにはいかないんで、夏の公開をっていったら、「じゃあゴールデンウィークはどうかな?」っていう(笑)「いやゴールデンウィークは、、」ってことになる。「ゴールデンウィークだったら夏前までやるから、それで鈴木さんなんとか!ここだったら何とかなるから」って言ってたんですが、僕は拘ったんですよ。「何とかしてくれないですか?」って。それで色々あった結果、高井さんがゴリ押しを引き受けてくれて、夏にやるけど、編成は大変だよ。今からだから。いつもみたいにいい映画館を全部集めるわけにはいかない。それはすぐ興行の数値に結びついちゃうけど、それでもいいか?っていうから、こうなったらしょうがないですよと。作品の構えからすると、それが運命かもしれない。それでお願いしますと。そういうことになったんです。それでやってみたらおかげさまで、思った以上のお客さんが来たんです。

 

・近藤さんまつわるさまざまな逸話

鈴木敏夫近藤喜文という人のことなんですけど、アニメーターになるべく新潟から東京にやって来るんですが、その仲介役になったのが大塚康生という人で、大塚さんは新橋でアニメーション学校をやってたんです。そこに現れたのが近藤喜文。そこで当時Aプロに勤めていた大塚さんが「入れてください」って言われるんです。大塚さんの弁によれば、面倒臭いから社長に話していれるんだけど、これが最初から上手かったらしいんですよ。社長からは「ああいう人がいたら、すぐに教えてよ」何て言われるぐらい上手かった。で、宮さんとしては当然近ちゃんに注目して、自分が「未来少年コナン」やるときに彼に大活躍してもらって、彼がやったあるシーンが非常に上手くいって、それでこの作品が膨らみを見せるんですよね。それを横から見てたのが高畑勲で、「赤毛のアン」のときにそれまでは宮さん中心にやってきたのに、その才能に魅せられて今度は近ちゃんと二人でやるようになる。それで宮さんが拗ねちゃうっていう事件が起きる。宮さんは頭にきたわけですよ。自分が目をつけた男なのに、それを横から来て掻っさらうわけだから。宮さんとしてはそれを取り返したいっていうのが、「となりのトトロ」と「火垂るの墓」事件で。その後も宮さんは近ちゃんとやりたかったけれど、常に近ちゃんは順番的に高畑さんの方を担当することになって、その流れを断ち切りたいっていうのがあったんですよ。この「耳をすませば」で監督にすれば、これで恩を売って次の作品で自分の作品の作画監督をやってもらおうと考えてたわけですね、宮さんは。ところが暫くして亡くなっちゃうものだから、その思惑は上手くいかなかったっていうね。そんなことがありましたね。

 

・「カントリーロード」の日本語訳は原作と違う?

鈴木敏夫:実は宮さんがカントリーロードをこの作品の主題歌にしようと。その日本語訳、これが大事なんだって言っていて。それは当初宮さんがやることになっていたんですが、「俺は絵コンテで忙しいんだよ、鈴木さん!」とか言って書けない。宮さんは雫が歌うシーンはプレスコ、歌をとっておいてそれに合わせて絵を描く。本当にギリギリだったんですよ。だけど宮さんが全然書けないんです。そうしたらいきなり「鈴木さんの娘にやらせよう」って。僕もどうしようかなーって思ったんだけど、しょうがないじゃないですか。ウチの娘にやるか?って言ったらウチの娘もひどくて「ギャラはいくら?」って(笑)ところが締め切りの日、ウチの娘って不良だったから帰ってきやしないんですよ。午前1時くらいに帰ってきて「お前、今日が締め切りなんだぞ?」っていったら「わかってるよ」って。「書いてるの?」っていったら「今からやる」って。それで五分で書いちゃったんですよ。

柳橋:へー!

鈴木敏夫:そこで書かれた詩を宮さんが実は気にいるんですよ。ところがこの手を入れたことを巡って、宮さんと近藤さんがかなりの喧嘩をするんですよ。

柳橋:そんな深刻なんですね。

鈴木敏夫:最終的な詩を忘れちゃってるんだけど、ウチの娘が書いた詩が、寂しさを押し込めて強い自分を守っていく、みたいなもの。本当の原作は、あの懐かしい故郷へって話でしょ?それをウチの娘が故郷を出て行く話にしちゃってるんですよね。僕なんかどうかなーって思ったんだけど、宮さんはむしろそれを喜んだ。ところがあれって家出なんですよ。ウチの娘がそれを露骨に書いたんです。で、宮さんが書き直した詩が家出の要素がないんですよ。そうしたら近ちゃんが僕のいないところで、宮さんとやっちゃうんですよ。で、これって何だったのかというと、自分がそうだったんですよ。

柳橋:近藤さん自身が?

鈴木敏夫:そう。家出して来たんです。その詩が自分のことを書いてる。それで宮さんが丸くまとめちゃったやつに、異論があったんですよね。最終的には近ちゃんが諦めて、今の詩でいくことになるんですけど。

 

・「いやらしさ」を持つ近藤喜文

柳橋:近藤さんとしては当時の子供達のリアルな心というか、純粋さみたいなものをそのまま表現したかったんでしょうか?

鈴木敏夫:家出して東京へ来るなんていうのは、今の子たちと通じるものがどこかにあったんでしょうね。ところが宮さんはそういうの嫌いな人なんで。

柳橋:なるほど。

鈴木敏夫:嫌なんですよ。やっぱりいい子が好きなんですよ。何しろ宮崎駿絵コンテ描いてるでしょ?で、ここは強調しておかないといけないことだと思うんだけど、じゃあ近藤喜文って監督として何やったの?ってあるじゃないですか?その象徴的なシーンを二つあげたいと思うんですけど、一つは天沢聖司って名前を教員室で知るわけですけど、元の絵コンテではそれを知った雫は、一緒にいた女の子と階段を駆け降りるシーンがあるんです。ところが、近ちゃんが描いた芝居は階段を駆け降りてないんですよ。ここにおいて決定的な二人の差が出たんです。宮さんのキャラクターは、自分が動揺して、それを自分で整理出来なくて階段を駆け降りる。ところが近藤喜文の描いた雫ちゃんは、それを受け止めて考えて行動する子になってるんです。

柳橋:なるほど。

鈴木敏夫:そうすると何が起きてるかというと、宮さんのキャラクターは体が先に動くんです。ところ近ちゃんの描くキャラクターは、考えた上で結論を出してそれで動く。この二人の違いが、決定的に出たのがそのシーンで、そのシーンを見た宮崎駿は物凄く怒りましたよね。だけどこれ面白いんですよねー。監督が違えば、キャラクターって変わっちゃう。同じ絵コンテでも。宮さんのほうを元通りにやっていれば、雫はもっと快活な女の子なんですよ。ところが近ちゃんが演出したことによって、品のいい子になったんですよね。

柳橋:うん。

鈴木敏夫:それともう一つ面白かったのは、地球屋を訪ねるけれどクローズド。それで雫が壁にもたれながらへたり込むシーンがあるんです。このシーンが面白くて。というのは宮さんだったら、その広場は誰もいないわけだから、人の目を気にすることなくへたり込むわけで、何が起きるかというとパンツが見えちゃうんですよ。ところが近ちゃんがやったら、誰もいないのに人の目を気にしてるんですよ。これも決定的な差。

柳橋:確かにそうですね。

鈴木敏夫:それによって、例え人がいなくてもそういうことを気にする子になったんです。と同時にたぶん近ちゃんそのこと考えてないと思うんですけど、そのことによって何が起きたかというと、いやらしくなったんです。

柳橋:(笑)逆にね。

鈴木敏夫:そう。これは面白いですよね。

柳橋:ひょっとしたら、女子中学生そのものを近藤さんはよく観察してたのかもしれないですね。

鈴木敏夫:これがまた逆なんですけどね、それで思い出すのは雫を中心に日本語訳詞はできたのかって、皆でお弁当を食べながら話し合うシーンがあるんです。あのシーンが宮さんの逆鱗に触れるんですよ。というのは宮さんの描いた絵コンテでは、あたんです。宮さんは僕と一緒に電車に乗ってたときに、目の前に中学生の女の子が5、6人いたんです。そこでしゃべってるスピードの秒数数えてたんです。それを踏まえてそのシーン作ったんです。宮さんのほうがその瞬間はリアルなんですよね。ところが近ちゃんはゆっくりでしょ。宮さんが指定した秒数の倍くらいかかっちゃってるんです。そうすると宮さんとしては面白くないわけですよ。「近ちゃんは観察してない」って。そんなことがありましたね。

 

柳橋:近藤さんってセンス的には垢抜けた方だったんですか?

鈴木敏夫:やっぱりそうですよね。垢抜けてますよね。田舎の人であるかもしれないけど、非常に都会的センスが満ち溢れた人で。それでいうと宮さんは下町があるんですよ。まぁそんなことが色々あった上で、スタッフみんなで最後にお店で飲み会があったんですよ。そうしたら近ちゃんが宮さんに対して頭下げたんですよね。「今回こういう機会を与えていただき、ありがとうございました」って。これは難しかったですね。