鈴木敏夫のジブリ汗まみれを文字起こしするブログ

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文春ジブリ文庫11 ジブリの教科書「ホーホケキョとなりの山田くん」今だから話せる裏話などを振り返り

2015年12月7日配信の「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」です。

http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol398.mp3

 

ーナレーションー

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ。

 

今週は、文春ジブリ文庫11 ジブリの教科書「ホーホケキョとなりの山田くん」発売に合わせ、1999年に公開された、いしいひさいち原作、高畑勲監督の「ホーホケキョとなりの山田くん」に焦点を合わせて、当時の製作エピソードや今だから話せる裏話など、鈴木さんが振り返ります。まずはこんなお話から。

 

鈴木:「となりの山田くん」というタイトルが好きだったですよね。それでご承知のように「となりのトトロ」があるわけでしょ。すると、いしいひさいちさんという人の独特のあれがあって。僕としては、「もののけ姫」というのをやってる最中、その企画を決めなきゃいけなくて。

 

そうすると、大きく振って全然違うものをやりたい、それが「となりの山田くん」をやるっていう時の1番大きな動機かもしれないですよね。毎日新聞で読んでて、やったらどうかなと思ってね。

 

高畑さんで何かやろうっていう時に、高畑さんの大きな特徴って、いわゆるヒーローは登場しない。市井の人ですよね。他人からみたらどうってことない、しかし本人にとってはその喜怒哀楽、大変な時間なわけでしょ。それを丁寧に描くのが高畑さんの特徴だとしたら、この「となりの山田くん」っていうのはね、高畑さんこそがやるべきではないかなって思ったわけですよね。

 

柳橋:なるほど。

 

鈴木:それで高畑さんに「これやりませんか?」って。それで今の話したんですけど、まぁ大体高畑さんっていうのは、良い悪いを表情に出さないっていうのか(笑)高畑さんって、人が言ったことを否定することが好きなんで。一種の弁証法なんでしょうけどね。「何を考えて、あなたは言ってるんですか?」っていうから、まあ今言ったことですよと。「上手くすれば、表面はとなりの山田くんだけれど、中身は小津安二郎みたいな映画出来るんじゃないですかね?」って。したら、「馬鹿なこと言わないで下さいよ!」って怒られちゃったんですよ(笑)

 

でもね結果として、高畑さんはそれをやらないとは言わず、なんか考えてくれることになって。それで企画準備が始まる。あとは大変な構成力を持っている人だから、なんか考えてくれるだろうと。と思ってたら、なかなか腰の重い人なんでそんな簡単にはいかなかったんだけど。

 

高畑さんの言い出したことの1つは、これは4コママンガの面白さだろうと。それを壊したら、他のものを付け加えて壊したら、やっぱり「山田くん」でなくなるだろう、ということを言われたことがあって。そうすると、原作の中から面白いエピソードを探す、その作業に時間を費やしましよね。

 

それである日、おかげさまで時間はかかったけれど、シナリオが出来たんですけど、出来上がったシナリオ、秒数数えたら7時間半(笑)

 

柳橋:膨大な(笑)

 

鈴木:膨大なんですよ。高畑さんって人を驚かせる天才なんですよ。だから僕は「まあ高畑さんだから」と思って、これを短くしてもらいたい。

 

僕は当初、これはたぶんと言っておかないといけないけれど、こういう類いのものだから90分くらいって頼んでると思うんですよ。といっても2時間になるかなとか。普通、映画っていったら90分から2時間。したら7時間半でしょ?

 

でやってくうちに、短くする作業を。せっかく面白いのにそれを外さなきゃいけない、これは辛いですね、とか色々あったんだけど、途中で高畑さん面白いこと言ったんですよね。これはよく覚えてるんですけど、「面白過ぎるエピソードは外しましょう」って言ったんですよ。

 

柳橋:へぇー。

 

鈴木:これね、僕最初わかんなかった。でも感心したんですよ。だってそこで本当に笑っちゃったら、次へ行けないでしょ?映画だから待ってくれない。なるほどーと思って。だから「クスッ」が良いんだと。笑うにしても。そうするとね、次のエピソードに自然に入れるでしょって。

 

柳橋:はいはいはい。

 

鈴木:それ聞いて、なるほどと感心したり。

 

柳橋:じゃあ、そういう基準で映画を選んでいったんですか?

 

鈴木:そうそう。それでとにかく高畑さんとしては、面白過ぎたエピソードを減らして短くする。で、色んなとこをやっていくうちに、それ最初からあったかわからないけど、間にいわゆる俳句を。山頭火がどうしたとか。「うしろ姿のしぐれてゆくか」とか、ああいうのあの人好きなんでね。それをちょっと入れたりとかね。

 

最初のシナリオにあったか忘れちゃったんだけど、最後の方なんていったって、「月光仮面」。なんで出てきたかというと、僕のことを思い出したらしいんですよ。

 

柳橋:へぇー。

 

鈴木:鈴木さんの世代は「月光仮面」だろうと。「月光仮面」にたかしさんも少年時代、それに憧れたに違いないだろうと。つまり、鈴木さんの世代は。そのヒーローは結局どうなったんですか?と。高畑さんって、そこにある持論があるんですよね。

 

正義の味方って、常に悪い奴をやっつけて懲らしめて、それで大団円を迎える。そういう物語に対して基本的な疑問があったんですよね。そうすると、大人になって今どう思ってるんだろうっていう。それを付け加えると、ちゃんとした映画はなるんじゃないかなっていう。

 

柳橋:なるほど。

 

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鈴木:高畑さんはCGを本格的にやってみたいということで、それで百瀬さんの力も。百瀬さんにはその経験値があったんですよね。それはそれでやるんですけど、高畑さんが1つは芝居の方で欲しかったのが、田辺くん。高畑さんって自分で絵を描きませんから。自分が指示しなきゃいけない。もう1人欲しかったのが、大塚伸治っていう男なんですよ。

 

田辺がこんなこともやるんだなって思ったのが、僕と田辺と2人で彼も社員なんですけどやってくれないんですよね(笑)それで大塚さんと「やってくれませんか?」と交渉をしたんですけどね。田辺くんも一生懸命になって。したら、この大塚さんっていうのがね「僕の力じゃ無理です」とか言うんですよね。

 

「ぽんぽこ」では大活躍してくれた。それがあったんで、田辺くんが大塚さんの力を借りたい。ところが首を縦に振らないわけですよ。したら、風呂敷にこんな束を持ってたんですよ。何かなと思ったら、「鈴木さんが今度は『となりの山田くん』だと。僕は朝日新聞をとったんですよ」と。4コママンガでしょ?切り抜いてあるんですよ。それでこんな分厚さ。1年分なのか2年分なのかわかりませんけど。これを見ながら自分なりに研究してきたと。どういう芝居をやるか。僕の中では出来ないということがわかりましたって(笑)

 

柳橋:ちゃんと根拠がそんなにあったんですね。

 

鈴木:それで田辺くんが「大塚さんが一緒にやってくれれば違いますから」って色々説得を試みるんですけど、「ダメです」って。それで結局もの別れに終わるんですよ。その最後ですよ。これは忘れないですね。

 

となりの山田くん」って、いわゆる三等身。頭があって体があって足がある。三等身しかないんですよ。歩く時どうするのか。普通の長さだと、芝居ってつけやすいんですよ。足が短いでしょ?これどうするんですか?と。

 

そうしたら田辺くんがね、「それは考えてます」って言ったら、これが面白かったんですけど。「実は僕はそこで悩んでるんだ」と。これは僕にはわからなかった。指を机に上に置いたんですよ。田辺が。「これです」って言ったんですよ。指を動かして。人差し指と中指と薬指を。僕なんか、何言ってるんだろと思ってポカーンとして見てると、大塚さんが「それしかないですよね」って。

 

柳橋:プロ同士はわかるんですね。

 

鈴木:わかったんですよ。「僕も研究した結果、それしかないと思ってた」って、これもう剣豪小説なんですよ、ほとんど(笑)冗談みたいなんだけど本当なんですよ、これ。

 

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鈴木ジブリって、第一スタジオ、第二スタジオって色々あるんですけど、ここのことを第四スタジオって名前をくっつけてやってたんですけどね。

 

柳橋:そこに無頼の剣豪が集まってるわけですね。

 

鈴木:集まってた。そこに大塚さんもいたしね。その中に橋本晋治っていうのもいてね。一番最初にあるエピソードが出来上がったのが、お父さんが酔っ払って帰ってくる。「腹減った。なんか食うもんないのか?」って言ったら、まつ子さんがバナナを出して「これどう?」って。それでそばへ寄って来てお茶出したりするのかな。そのワンエピソードが出来たんですよ。

 

僕なんか感心したんですよね。この橋本晋治っていうのは上手くてね。上手な落語家の一説を聞くみたいな感じで芝居が出来てる。これで一番凄かったのは、さっきから話題にしてる三等身でしょ。三等身でどうやって座るのかっていうのがあるんですよ(笑)

 

柳橋:あ、そうか。

 

鈴木:座れないんですよ、これ。  

 

柳橋:足曲がんないですよね。

 

鈴木:そう。そうしたら、ちゃんとそばへ寄ってきてちゃぶ台のところに松子さんが座るんですよ。その秘密を先に言っちゃうとですね、アニメーションって24コマで1秒。座る前に普通の人には見えないんですけど、一瞬背が高くなってるんですよ。高くしておいて足を曲げて座る。それが自然になるように描いてあるんですよ。

 

柳橋:なるほど。

 

鈴木:これは感心しましてね。こいつはやっぱり凄いなということになって、このワンエピソードだけでもやっぱり凄いから、それだけ予告編作るために上映会やろうって。色も何もついてなかったんだけど。

 

したらなんと宮崎駿が観にきて。観てですね、「描いたのは誰だ」と。「橋本しんちゃんって言うんですよ」「そうなんだ」って。後に「千と千尋」で声をかけることになるんですけどね(笑)普通の人が観たら何もわかんないんですよ。どこが上手なのか。でもちゃんと宮崎駿は、、

 

柳橋:目眩しの部分を見抜いたわけですね。

 

鈴木:そう。やっぱりこれは中々の腕だと。それでやっていく中、さすが高畑さんと言うのか、映画の中にCGを使ってるんですけど、これ普通の人が観たら、全くわかんない。実写だったら、カメラそこに置いて撮れないものをCGにするんですよ。高畑さんって、そういうことを凄い思いつく方で。僕なんかも「え、そんなとこに使ってるんだ。よく観ると確かにそうだよな」って。

 

当時、ディズニーの「美女と野獣」で1番評判になったCGのシーン、2人の舞踏会みたいな。踊るところなんですよね。高畑さんに言わせると、「あんなものは大したことないですよ。誰でも出来るんだから」って。ところが映画の冒頭、歌歌いながら主人公の美女が登場なんですけど、家から飛び出てくるんですよ。手前の方へ来て橋渡ってそれで街の方へ入り込んでいく。これね、よく観るとわかるんですけど、ワンカットなんですよ。途中でカメラ切り替わってないんですよ。このすごい長いシーンをワンカメで撮ってるんですよ。

 

柳橋:カメラを動かしてるんですね。

 

鈴木:そう。これっていい加減なこと言いますけど、もしCGじゃなくて撮影で撮ろうとしたら、300メートルくらいあるカメラでそこを撮らないと出来ないんですよ。

 

柳橋:なるほど。

 

鈴木:コンピューターであるが故にそういうシーンを作れたんですよ。僕もこれを教えられてね、馬鹿の一つ覚えでこのことを覚えちゃったんですけど。「美女と野獣」って優秀なスタッフがいたんでしょうね。高畑さんって作品作るときは、常に3歩前進2歩後退。大体1歩ずつぐらいしか進まない人なんで(笑)

 

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鈴木:これに関しては何が大変だったかというと、宣伝に入っていったとき。いつものように宣伝の時期が登場。いつものようにポスター作らなきゃいけない。キャッチコピーはどうするんだと。僕としてはこれまでジブリがやってきた宣伝。たとえ中身が笑いに満ちていたとしても、宣伝ではある種の真面目さを強調。僕はそれが必要だと思ってきたんですよね。

 

やっぱり日本人っていざとなると真面目になるというのが特徴で、やっぱり多くのお客様に来てもらうためにはそれでいかないといけない。そんなことも踏まえながら、糸井さんが作ってくれた「家内安全は世界の願い」。僕はこれで行こうと。行こうと思ったんですけど、高畑さんというのはキャッチコピー一つも蔑ろにしない人なので、「これは何だ」と。高畑さんがあまり気に入らなかったんですよね。

 

要するに、「本当に僕がやってることを置いといて、真面目ぶるんですか?」と。そんなようなことを言われた記憶があるんですけどね。

 

じゃあどうするの?と。国の単位というのは家族なわけで、その家族がみんなで毎日面白おかしく生きている。それを単位として出来上がってるのが国なわけだから、その時に「家内安全は、世界の願い」。それはそういうことにも繋がっていくだろう、みたいな方針を立てたんだけれど、脆くも高畑さんによってそれが打ち破られるという流れになっちゃって。僕としてはどうしたらいいか困っちゃったっていうのが実情。

 

そういう中で僕は「となりの山田くん」に関しては、出来上がる作品があるとして、どういう宣伝をやったら高畑さんが喜ぶか。

 

柳橋:なるほど。そっちから考えたんですね。

 

鈴木:そっちへ移ったんですよね。それに移るっていうのは非常に危険だということもわかってました。

 

柳橋:作品のヒットという意味では。

 

鈴木:はい。興行的には。というのら高畑さんというのは毒舌と皮肉に満ちてる人なんで。高畑さんの好みはそこら辺にあるんで、そちらを全面展開していったら、真面目な日本人は怒る決まってる。という中で、さあどうしていくかっていう話でしょ?これは非常に悩んだんですけど、高畑さんが気にいるように広告を作ってみようかと。っていうんで出来たのが、こんなポスターを作るんですよ。

 

もうめちゃくちゃですよね。僕ある日、決定版を思いつくんですよ。まだここら辺は真面目にやってますよね。「5人の家族が織りなす 笑いと感動と えーとあとなんだっけ?」とかね、まだ真面目なんですよ。で、問題となるのはこれですよね。

 

「テーマは適当」。ここに書いてあるんですよ。「テーマは生きろじゃなくて 生きてみたら?」っていうね(笑)もう無茶苦茶やるんですよ。こういうのもやらせると僕得意なんですよね。これは確か新聞広告の賞も獲るっていうね。

 

柳橋:あ、そうなんですか。

 

鈴木:そうなんですよ。

 

柳橋インパクトはありますよね。

 

鈴木:かなりインパクトあったはずなんですよ。これ。だけどいくら宣伝しても映画館がないっていうね(笑)もう無茶苦茶ですよね。「日本の名匠高畑勲監督の最高傑作誕生」。

 

男性:ここ鈴木さんの怒りが満ちてる気がするんですけど(笑)

 

鈴木:怒りに満ちてるんですよ、もう。「日本全国民に幸せと元気を送る、名匠高畑勲監督の《とりあえず》の最高傑作誕生」。もう無茶苦茶でしたよね。これ。「テーマは、てきとー。生きろじゃなくて〜」っつってね(笑)

 

男性:「もののけ」のパロディになってますよね。

 

鈴木:そう。これを見たベテランのあるスタッフが僕のところへ本当に文句を言いに来たんですよね。大真面目に。「あまりにも鈴木さんはいい加減じゃないか」と。「あれだけ『生きろ』って言った人が、今回は「適当」ですか」と。「あなたは一体何を考えてるんですか」と(笑)

 

でもこれね、高畑さん何にも文句言わなかったの。高畑さん本当にこういう部分あるんだよね。「これが近い」って言うんですよ。

 

柳橋:テーマの1つですよね?今回の作品に「適当」って。

 

鈴木:やっぱり「適当」っていう言葉、高畑さん好きだったんですよ。適うってことですからね。「いい加減」も高畑さん好きでしょ?物事をハッキリさせることに対しては、一方で非常に批判的ですからね。

 

でも冗談でね、「いよいよ明日、適当な時間にお越し下さい」。来ないですよね、これは(笑)

 

全員:(笑)

 

鈴木:こういうことは日本人嫌いなんですよ。嫌いだってことは僕は知ってたんです。だから真面目ぶらないといけない。ずっと思ってきたんですけど、ここら辺になるも無茶苦茶ですよね。「人生、諦めが肝心です」ってね。これ何かっていうと、もうお客さんが来ないことがわかったからなんですよ。スタッフに言いたかったんですよね。本当来なかった。

 

だってしょうがないですよね。大好きですよね、これ。「ケ・セラ・セラ なるようになる 未来はみえない お楽しみ」とかね。

 

僕は本編でやって高畑さんがいまだに覚えてるのが、ラストに「ケ・セラ・セラ」を流す。これは高畑さんよく覚えてるんですよ。「あれは鈴木さんのアイディアで」って。これはスタッフにまた言ってるんですよ。「諦めこそ」って(笑)まあ面白かったですよね(笑)

 

ーナレーションー

文春ジブリ文庫 ジブリの教科書11「ホーホケキョとなりの山田くん」は、書店などで発売中です。

 

また作品は、DVD・ブルーレイでも観ることが出来ますので、ぜひご覧下さい。

 

鈴木:やっちゃいけないことをやれば、自ずとお客さんも来ない。そういうことも人生にあるんだろうなって。だけれど、僕はこの映画に関していうと、矢野さんの音楽。あれはいまだによく覚えてて。というのは、音楽を誰にしようかって高畑さんそういうものも悩むんで。

 

言い出しっぺ僕なんですよ。「矢野さんでやろう」って。そうしたらひどいこと言われたんですよね、僕。本当にひどいこと言われたんですよ。「え、鈴木さんからまさか矢野さんを推薦するとは。そんな言葉が出ようとは」って。「どうしてですか?」って言ったら、「だって、矢野顕子さんの音楽は高尚ですよ」って(笑)

 

田居:そんなこと言われたの!?すごいね。

 

鈴木:鈴木さんがそれを理解出来るわけがない、とまでは言ってないよ?でも高尚って言葉を使ったの。本当に頭きた(笑)

 

田居:それはすごいね。